猫額洞の日々

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2014年 10月 05日

鈴木創士氏のコラム「第55回 哲学者はひとつの生を終えることが出来るのか」

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 10月の鈴木創士氏のコラムは、
「第55回 哲学者はひとつの生を終えることが出来るのか」

 <文は内在性である。ひとつの生は内在性である。文はひとつの生であり、
 ひとつの生のなかにあるのではなく、文の諸様態のほうがひとつの生を含んで
 いる。>

<誰が書いているのか。ひとつの生である。何が語っているのか。ひとつの生で
 ある。最晩年のドゥルーズが書いているということは確かながら、そのこと自体を
 超出してしまうもの、そのこと自体から結局はズレてしまうもの…。静かな不一致、
 衝突、不和、軋轢、乖離、分離…がおのずから自らのうちで起こり、しかもそれは
 一種の「至福」を示して余りある。だが、そうは言っても、これを書いたのはジル・
 ドゥルーズその人であって…。>





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by byogakudo | 2014-10-05 17:21 | 読書ノート | Comments(0)


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