2014年 10月 06日

ジョン・ル・カレ「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」読了

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 油絵の具厚塗り系スパイ・ミステリ。重厚ともいうが。

 情報機関監視役__というスパイ組織をチェックする機関がほんとに
あるのか? もし実在して、監視を実行し、調査内容を内部改革に反映する
権力を持っているならば、民主主義社会にとって健全なことである。日本で
作ると形だけのお飾り機関、天下り役所のひとつに堕しかねないがと、日本
非国民は考える。__が、引退させられた元スパイ、ジョージ・スマイリーに
スパイ組織内部の調査を命じる。
 スマイリーが引退に追い込まれたのが、内部の二重スパイ疑惑を調べよう
としたからだった。

 スマイリーが頼れるのは、閑職に追いやられた部下ひとりと、元ロンドン警視庁
特別保安部の警部、メンデルくらいである。彼らを頼りに情報部の書類を盗み出す、
あるいは無断で一時借り出して、チェコで活動しようとして罠に陥り、瀕死の重傷を
負った元スパイ、現・小学校教師のジム・プリドーの一件を再構築、考察しようとする。
 そのプロセスが、スマイリーや部下のピーター・ギラムの私生活描写と同時に書かれて
行く。(スマイリーの浮気っぽい奥さんは家出中、ピーター・ギラムは新しい恋人が信じ
きれなくて悩んでいる。)

<あとになって思うと[以下略]まるでただ一回の旅行、ほとんどただ一夜
 のことのような気がした。「きみにやってもらうぞ」自宅の庭でのレイコン
 [注:情報機関監視役]のいいかたは、うむをいわさぬものだった。「前進の
 一手かそれとも逆行か」スマイリーがひと筋ひと筋、道を自分の過去へさか
 のぼるほどに、もう前進と逆行の区別はつかなくなった。おなじひとつの旅
 であり、目的地だけが行く手にあった。>(p193)

 近過去の考古学的再構築だ。不完全な資料を読みながら、その時期に自分が
見聞きしたできごとを思い出して、あるいは、やはり追い出されてしまった当時の
仲間に話を聞きに行って、貧弱な資料に正しい肉付けを施す。絵画の下に描かれて
いるはずの、元の絵を修復して引き出す作業、といってもいい。

 地味で粘っこい文体で物語はゆっくりと進行する。ときどきめんどくさくなら
なくもなかったが、読み終える。
 二重スパイが分かってもカタルシスを得ないで、むしろがっかりするような
疲労感だけ残る、というリアリスムなど、大人っぽいミステリだが、なんとなく、
あまりよく知らないロシアの小説みたような読後感である。グレアム・グリーン
の神経症ぽい世界のほうが身近かな?

 最終章に妙な箇所があった。
 
 現・小学校教師のジム・プリドーは、自分が卑小な二重スパイの裏切りの
犠牲者だった真相を知ってショックを受ける。彼を慕う小学生、ビル・ローチ
の目にもおかしく見えるほどの動揺ぶりだ。
<ジム・プリドーのふるまいは、父が死んだときの母[注:ビル・ローチの]に
 そっくりだった。[以下略]
 なにより変なのは、なにも気づかぬ彼の視線をローチがとらえると、茫洋と
 遠くを見ていたり、授業中も物忘れが多いことで、優秀をあらわす赤丸まで
 忘れた。毎週その成績を教務課に出すことまで、ジムが注意しなくてはなら
 なかった。>(p536)

 最後の行、教師のジム・プリドーがぼうっとしているのだから、生徒の
<ビルが注意しなくてはならなかった。>ではないか?

     (「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」
     ジョン・ル・カレ 村上博基・訳 ハヤカワ文庫 2012新訳版初 J)


 夕べちらっとNHKスペシャル「ドキュメント"武器輸出"防衛装備移転の現場から」
を眺めた。武器買つけに派遣された若い役人の嬉しそうな顔。クラスのみんなを
代表して、おもちゃの大量・大人買いに来ました、ってノりだ。使用される武器の
下には、毎日暮している生きた人間がいることを忘れ、ゲーム感覚丸出しの笑顔で、
フランスの武器商人(役所)との交渉に臨む。フランスの商人(あきんど)役人も
笑顔である。武器が使われるなら、こいつらの頭上に限られてあることを!





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by byogakudo | 2014-10-06 15:28 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2014-10-06 21:46
この油絵っぽい濃密な読書空間、時々再読したいと思いながら果たさないでいました。
Commented by byogakudo at 2014-10-06 22:27
予想より体力のいる読書でした。もやに包まれたようなできごとが、
主人公の理解とともに読者の視界も広がり、風景が少しずつ明るく
見えてくる。そんな感じでした。


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