2014年 10月 07日

矢野誠一「戸板康二の歳月」半分強

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 東京育ちといっても山の手と下町とでは文化圏が異なる。東京っ子は二種類に
分かれる。この本は山の手育ち(矢野誠一)による山の手の子(戸板康二)の肖像だ。
鏡になるのは、もちろん下町育ち、町っ子(久保田万太郎や池田弥三郎や)である。

 戸板康二が私淑していたひとりが、下町育ちの久保田万太郎だが、山の手の子、
下町の子、双方が互いに感じる相手への憧れと、己の育ちについての(表面に出さ
ない)自負とが混じり合い交錯する微妙な思いが、細かく描かれる。生野暮(きやぼ)
の本場、田舎町育ちの目には、どちらもなかなか大変なのねと、無責任に眺めていら
れるが、東京が東京であったころに育った人々には、相互の文化的越境という行為で
ある。シリアスな問題だ。

 御維新以前は、武家と町人とでライフスタイルが分かれていたが、明治以降は、
もっぱら下町がかつての町人の無意識と美意識を引き受け(引き受けさせられたと、
感じたこともあるだろう)、(敗残の)江戸の美学の担い手を否応なく演じた
(演じることを強要されたと無意識に感じながら)。これは生野暮の感想だ。

 山の手は山の手で、
<山の手は地方から江戸に侵入してきた部外者たちによって構築された植民地>
だから、
<古い東京をなつかしむ心情の大方が、地方人によって占領される以前の江戸に
 根ざしたものから発している以上、下町へこもる気持ばかりはどうすることもでき
 ないのである。どうすることもできないことがわかっていながら、これではまるで
 東京という都会の歴史や風俗は下町だけで構成されていて、山の手という地域が
 まったく存在していなかったかの印象を与えてしまうことが、山の手育ちとしては
 歯がゆくてならなかったのである。>(p37)
 この文章の主語は、戸板康二であり、矢野誠一であり、往時の山の手育ち全員
であろう。(勝者と見なされる)山の手側にも辛い思いがあるのだと、生野暮は
ようやく理解する。

 久保田万太郎と戸板康二との関係は、
<久保田万太郎に内在した山の手コンプレックスと、戸板康二のいだきつづけた
 下町的生活感への憧憬との「デリケートバランス」だった>(p87)
と矢野誠一は思う。

 山の手と下町の丁寧な相互関係分析を読んで、芸能人/画家(?)・鶴太郎に対して
抱く疑問が、少し解けた気がする。
 生野暮の側から見れば、すてきに下町育ちなのに、なんでまた、田舎出の成り上がり
芸能人みたような文化人指向をやってみせなければならないのか、日本橋三越で絵
(あれが?)の展覧会をするなぞ、いくら声がかかったとしても恥ずかしくないのかなあ
と思うし、次は自民党かどこかから参議院議員にでも立候補するのかと思っていたが、
それは踏みとどまってるようだが、今の世に下町育ちであることの苦悩を理解していな
かったのである。悪かった。だからといって、あの絵はないが。 
 北野武式・下町コンプレックス解決法という手もあるではないか? なぎら健壱は解決
しているのか、そうでないのか? 下町と山の手のミックス具合がうまく行ってるように
思う。

     (矢野誠一「戸板康二の歳月」 ちくま文庫 2008初 帯 J)

[10月08日水曜日 追記
 「なぎらけんいち」ではなくて「なぎら健壱」ですね。失礼しました、訂正します。] 

10月8日に続く~





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by byogakudo | 2014-10-07 21:59 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2014-10-08 10:52
借りたまんまになってる。読もうかな。
Commented by byogakudo at 2014-10-08 19:48
よかったですよー!


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