猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2014年 10月 08日

矢野誠一「戸板康二の歳月」読了

e0030187_22421038.jpg








~10月07日より続く

 昨日なぎら健壱のことも考えたけれど、下町間に於ける経済格差の問題も
あるのではないか? 木挽町生れ(なぎら健壱)と、荒川区西日暮里(片岡
鶴太郎)との一般経済的な差である。
 生野暮の印象に過ぎないが、下町間のほうが各地域のちがいに事細かいような
気がする。日本橋室町辺りで生まれ育ったお客さまによれば、小林信彦は、
 「あのひとは日本橋じゃなくて両国でしょ」になるように。

 下町育ちが特に戦後、山の手に対して劣等感(って言っちゃっていいのか?)
を持つことになるのは、山の手と下町の経済格差の広がりによるのではないか?
身も蓋もない捉え方だが、生野暮のいうことなので勘弁願いたい。
 山の手だからといって、プチブルやブルジョア育ちとは限らないし、戦前の
中野区居住の会社員は「洋服細民」呼ばわりされた。下町にもお坊ちゃんと
貧乏人のせがれのちがいが歴然とある。

 それにしても果てしなく拡大する「山の手」領域である。「山の手育ち」は
払底したと見るべきだろう。「下町」も今では「在」を下町に昇格させている
ようなありさまだ。「街」や「都会」は過飽和して、もう「郊外」としてしか
存在していない東京で、いまさら何をいっても無駄みたいなものだが、それでも
現在からは「戦前昭和」と呼ばれる、老婦人の夏みたような季節があり、そこに
育って人格が決定された山の手育ちのお坊ちゃん、戸板康二への矢野誠一の
敬愛の思いが、ときどき山の手的抑制を越えて溢れ出る、うつくしい本だった。
山の手育ちの信仰告白として読んだ。

 なお、戸板康二は大阪の下町育ち、折口信夫にも私淑していたが、わたしは
例によって折口信夫も名前しか知らず、ここで折口信夫はコカイン中毒だったと
聞いて興味を持つ。(だからって読んでみようとは思わないが。)

<だいたいコカインが麻薬と規定され、麻薬取締法が公布されたのが一九五三年
 で、その一九五三年九月三日に折口信夫は没しているのだから、コカインを愛用
 したことのあった事実は、べつにタブーとするにはあたらなかったはずである。>
(p174)

 戸板康二の『折口信夫坐談』には、
<  * 私がコカインを使っていたとき、闇の中で浴衣の模様が見えたものだ。
   * コカインの前から、私は鼻が利かない。知っているにおいでないと、わからない。
  食べ物もそうだが、香水のにおいなどがわからず、風が吹いてくると、埃のにおいだけ
  感じたりする。>(p176~177)

 平野威馬雄のコカイン中毒も犯罪ではなかったということだ。

     (矢野誠一「戸板康二の歳月」 ちくま文庫 2008初 帯 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-08 21:11 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2014-10-09 10:18
久保田万太郎が山手コンプレックス?で戸板康二を可愛がったではないかという憶測も面白いですね。
私にも東京育ちのお坊ちゃんに対するコンプレックスが無いわけじゃない(いわれなき反感も)。
Commented by byogakudo at 2014-10-09 11:19
子どものころから「東京という都会」に憧れ続けてきたガイジンなので、
山の手、下町、どちらもすてきだなあと思います。田舎町の息詰まる
ような閉塞性、相手との距離のなさに疲れていたので、東京という街の
人々がもつ距離感は快適でした。亡命者を受け入れてくれるのが「都会」
だと思いこんで(勝手に信じてるだけですが)、ここにいたい、ここで死ね
ればと、今も願っています。


<< 近所の古本屋さんへの散歩      矢野誠一「戸板康二の歳月」半分強 >>