2014年 10月 14日

ローレンス・ブロック「殺しのリスト」読了

e0030187_21421954.jpg












~10月13日より続く

 殺し屋稼業をときに悩まないでもないジョン・ケラー。む、いま、ヘレン・
ケラーという、一見、真反対に位置しそうな名前が浮かんだが、急いでウィキ
ペディアを眺めると、彼女はかなりの過激派ではないか。
<「私は一人の人間に過ぎないが、一人の人間ではある。何もかもできる
 わけではないが、何かはできる。だから、何もかもはできなくても、
 できることをできないと拒みはしない」>__このヘレンと同じ理由で、
ジョンは仕事を引き受ける(!?)

 ヨタはともかく、犬を相手に内面を吐露していたのに、犬と女友だちはケラー
の下を去り、孤独なケラーは、つい新しい女友だちや女占星術師に自分のことを
喋ってしまう。馬鹿ねえ、殺し屋は寡黙で冷静でなくては生きてゆけないのに。

 それでなくても物語の冒頭から、ケラーらしくない振舞を見せる。モーテルの
ドアを、酔っぱらいが間違ってノックしただけで、彼は戦闘態勢になる。どんな
仕事を引き受けても、何かいやな感じがつきまとう。職業上のストレスといえば
それまでだが、いやな予感はついに実体化する。
 タイトルの"HIT LIST"は、ケラーが職業として殺すべき人のリストかと、まず思う。
じつは逆で、被害者リストに上げられたのはケラーその人。皮肉なタイトルだ。

 殺し屋という、孤独を前提とする仕事しかできないケラー。彼が安心して話ができる
のは、ボス代行のドットしかいない。他の人たちとは、偽りの仮面をつけ、その範囲内
で口にするにふさわしい話をするだけだ。孤独であり、他者による認識を切実に必要と
しているのに、それをあまり意識できていないケラーだが(分かってたら、こんな仕事
は続けられないが)、たとえば陪審員候補に呼ばれたとき__彼は逮捕歴がないので、
候補者になってもおかしくはない。__、あえて検察側にも弁護側にも好感を与える
答え方をして、まんまと陪審員に選ばれる(選ばせる)。

< どんなテストであれ、合格したいと思うのが人情というもので、自分にも自然と
 そんな心理が働いたのだろう、とケラーは思った。そもそもテストを受けたいと
 思っていたにしろ、いなかったにしろ。>(p355)__ケラーの自己認識はこういう
ものである。非自己認識、というべきか。

 ややズレた乾いたタッチで孤独を描くのがケラー・シリーズ、抑えつつ叙情的に
描くとマット・スカダー、笑い飛ばしてみせるのがバーニイ・シリーズ、でいいかしら?
どれも(街の子・)ニューヨーカー・ストーリーだ。

     (ローレンス・ブロック/田口俊樹 訳「殺しのリスト」 二見文庫 2002初 帯 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-14 20:58 | 読書ノート | Comments(0)


<< 欲望復活?      ローレンス・ブロック「殺しのリ... >>