2014年 10月 20日

ローレンス・ブロック「殺し屋 最後の仕事」読了

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 やれやれ、殺し屋シリーズ、ようやく読破。と思っていたら、あまぞんで
最新作「殺し屋ケラーの帰郷」("HIT ME")の予約受付中だ。明日、発売
予定らしいが、"HIT ME"とウィキペディアにKindle版のみとある”Keller in
Dallas"(2009)とは別物なのかしら? ここまで現役作家を追いかけるとは
予想もしていなかったが、いずれ「殺し屋ケラーの帰郷」も読むだろう。

 引き受けた仕事は万難を排して職人的に片づける殺し屋ケラーだが、
たまにためらうこともある。仕留める機会を伺っていたら、うっかり親しく
なり、殺しに踏みきるのがむずかしくなったりする。優先順位を思い出し
__引退して切手蒐集三昧するのに大金が必要なケラーである。大人の
趣味にはお金がかかる。__きちんと殺すのだが。

 どんな殺しにもいやな記憶はやはりつきまとう。記憶の重さに潰されない
ようにメンタル・トレーニングも実践している。殺しの場面をカラーの巨大
スクリーン・サイズで明確に思い浮かべてから、徐々に色を抜き、ダウン
サイズして行く。記憶の映像が暗い小さな穴になってフェイドアウトする
までを頭の中でたどる。
 アメリカ人は俗流フロイディズムがほんとに好きなのだなとも思うけれど、
つまらないことにくよくよすることがあったら、試してみてもいい方法かも
しれない。根本的に自己肯定力がないと効かないだろうが。

 いつも注意深く、逮捕や返り討ちの危険を考慮しながら仕事をしてきたが、
たまに何度か、クライアントに裏切られたこともある。素人にカモられた屈辱
的なケースもあった。もちろんきっちり落とし前をつけたが。

 最大の危機に陥り、いちばんカモにされたのが「殺し屋 最後の仕事」("HIT
AND RUN")だ。仕事先に着いたが、連日、待機させられる。最初からどうも
いやな感じのする仕事だったが、引退するためには仕事をしなければならない。
 待機中に切手商の店で、コレクションにあっていいもののひとつ、いや、あるべき
切手セットを見つけてしまい、所持金800ドルの中から600ドルを支払う。
 そのとき切手店のラジオが黒人州知事の暗殺を告げ、暗殺犯はケラー(がここで
使っている偽名)であると発表される。

 現金もなく偽名のクレディットカードも使えない、ケラーの逃亡の日々が始まる
が、例によってちっとも華々しくなく地味な日常(逃亡中という日常)描写である。

 ローレンス・ブロック、ファンの伊坂幸太郎が解説を書いている。
 伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」(首相暗殺犯の濡れ衣を着せられた男
の物語)刊行と前後して「殺しのパレード」が出た。そのあとがきを読んだ伊坂
幸太郎は「殺し屋 最後の仕事」のプロットを知り、
<同じ宿題を、別々の場所で、二人で取り組んでいたような気分に>(p457)
なって嬉しかったそうだ。

 ケラーの逃亡劇の地味さ、渋さに比べると、わたしの頼りない記憶にある
限りではだけれど、「ゴールデンスランバー」はハリウッド超大作アクション
みたように流麗で華やかな印象だった。日本が舞台なのに、無理なくハリウッド・
タッチのアクションが目の前に繰り広げられる。あか抜けてて、うまいなあと
思った記憶がある。
 まったく余談だけれど、日本語で書かれた小説がスタイリッシュだと、却って
評価されなくなるような気配を感じるのだが、わたしの勘違いだろうか。ここで
いうスタイリッシュは、ガウン姿でなんとかいうブランド名のビールだかウィスキー
だかを飲むシーンがあるとか、その手の田舎くさい小物挿入の話ではなく、作品
全体を貫くスタイル、のことであるが。

 逃げ続けたケラーはとうとう落ち着き先を見つけ、幸福なエンディングを持つ。
フランキー・ヴァリのソロに"happy endings make me cry"というフレーズが
あったように覚えているが、そんな気持ちになる。

     (ローレンス・ブロック/田口俊樹 訳「殺し屋 最後の仕事」 二見文庫 2011初 J)





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by byogakudo | 2014-10-20 14:35 | 読書ノート | Comments(0)


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