2014年 10月 22日

ポール・エングルマン「死球(デッドボール)」まだ半分強

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~10月21日より続く

 昨日はなぜあんまり読まなかったのだろう? 朝早くからの Mercure 疲れで、
帰ってきてから寝ていた。夜は、そうだ、多すぎてジャンルのばらつきが目立つ
ブックマークの整理をしていた。片づかないことったら...。ブックマークの度に、
似たような箇所に移動させておけば、めんどくさくならずにすんだのに。
 今朝も少し試みて、あきらめる。いつかすっきりジャンル毎に一山ずつまとめて
構成できる、と信じているが、それでも面倒くさいものは、めんどくさい。

 ポール・エングルマン「死球(デッドボール)より__
< 警官の多くはモノにならなかった運動選手だ。警官をズラリと並べたら、
 高校クラスのフットボールのチームができあがる。楽しいじゃないかと思う
 かもしれないが、仲間とうまくやっていくには、年がら年中アホづらをしていな
 けりゃならないってことがすぐわかってくる。ま、こいつが典型的なアメリカの
 ライフ・スタイルだ。最初はボーイ・スカウト、ついで高校のスポーツで鍛えられ、
 行きつくところは陸軍だ。才能のある本物の選手はプロ入りする。落ちこぼれが
 警官になる。どこにも行けなかったものがリトルリーグの監督になるってわけだ。>
(p66)

 そうか、映画「がんばれ!ベアーズ」は負け犬集団による反撃の物語だったのか。
マイナー・リーグで活躍したこともある現・プール清掃人、ウォルター・マッソーが
リトルリーグの監督になり、ピッチャーの才能がある白人(だけど女の子)や、運動
神経の鈍い男の子たちを率いるという設定は。今ごろ気がつくのも遅すぎるけれど。

 殺し屋ケラーにしても、非社交的な少年だったのに、地域のバスケットボール・
ゲームに参加しようとしたりする。大人になり殺し屋になってるのに、陪審員に
選ばれそうになると、テストには受かりたいと思うものだからと、選ばれる方向
で質問に答える。全くもう、アメリカは生存競争が激しい。

 今の日本も生存競争が激化してるのかもしれないが、勝つことに関心がなく
ても生き延びられる時代に若い時期を過ごしてきたので、あまり実感がない。
もっと言えば、勝ちたいと望むのは下品だと信じて生きてきて、今でもそう思う。
勝ちたがる人は勝手に勝ったと思っていればいい。但し、わたしには興味がない
事柄だから、勝利に共感しろと言われれば、断固拒否する。勝利なんぞ犬にでも
食わせておけばいい。

 頭と運動神経がよくて、能力を伸ばせる環境(お金持ちの家)の白人の男に生まれる
こと。それプラス、社会的な成功を目指す意志があることが、アメリカン・ドリームの
前提にあると思うのだが、それらの条件を欠いてるのに、ひとしなみに無意識下にアメリ
カン・ドリームを刷り込まれるからサイコパスも生まれる、という理屈ではないかしら。

 新自由主義経済...。新自由主義経済で検索して不毛なやり取りを目にしたが__
読まなきゃいいのに__、おかしかったのは反対するほうも賛成側も、どちらもお金持ち
とは読み取れないことだった。現に大金持ちだったら、web上での新自由主義経済是非
論なぞに顔を出す必要がないが、文と、それを書き記す個体との関係は面白い。自分の
状況を偽るのは可能で、たとえば、わたしが新自由主義経済賛成の立場で書くことも
できるけれど、どこかでバレるだろう。文は人なりとは、教訓的なことではなく、ただの
リアルな事実だ。何かしら言葉の裏側や余白から、うっすらと立ちのぼり、表面的な
言説を裏切る。

     (ポール・エングルマン/大貫昇 訳「死球(デッドボール)」
     サンケイ文庫 1986初 J)

10月23日に続く~

 発売されたばかりの「殺し屋ケラーの帰郷」の説明をよく読んでみたら、電子書籍版の
"Keller in Dallas"(2009) が日本語版の「殺し屋ケラーの帰郷」になるようだ。『ケラー・
イン・ダラス』等が含まれる連作短篇集「殺し屋ケラーの帰郷」、とあるから。





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by byogakudo | 2014-10-22 19:45 | 読書ノート | Comments(0)


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