猫額洞の日々

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2014年 10月 29日

高見順「敗戦日記」半分強

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~10月28日より続く

 「鎌倉文庫」誕生前後を読んだ。

 戦争末期である。原稿の依頼はあるが、なかなか書けない。ひとり高見順
のみならず、鎌倉に住む作家・批評家たちはお金に詰まり、蒐めた骨董品を
売り払おうとして安くなっているのに気づいたり、太ったことがなさそうな、
筋肉質とも言えなさそうな、あの川端康成が鎚と鑿で防空用の横穴を掘ったり
している。川端は小島政二郎に自分で掘ることを勧める。

< 「力なんか、ちっともいりませんよ。ひとりでコツコツやっていると、
 何んにも考えないで、いい気持ですよ」
 [中略]
  「頼むと三千円かかりますからね」
  川端さんは笑いながら言った。自分でやれば、つまり三千円稼ぐこと
 になる。
  「原稿を書くよりいいですよ。原稿を書いて三千円稼ごうとなると大変
 ですからね」
  みんな、笑った。小島さん夫妻は川端さんの掘った横穴を見学に行った。>
(p167~168)

 東京以外の各地方都市にも大空爆が続く。いよいよ鎌倉もかと、高見順は
疎開を考えるが、お金がない。文壇に名前が知られているのに、徹夜して
あれだけの原稿を書いた筈だのに、疎開先を探すどころか、当面のお金が
ない。
 軽井沢や蓼科など、別荘地の家賃の値上がり、避暑地の物価の高騰を
聞けば、たとえ家を借りられても生活できない、逃げることは不可能だと
悟り、ようやく鎌倉に生きて死ぬ決心に至る。

 1945(昭和20)年4月5日:
< 久米[注:久米正雄]家へ行く。小林[注:小林秀雄]はさきに来ていた。
 貸本屋の話がでて、急速に具体化しようということになった。ペン・クラブ
 (註=鎌倉ペン・クラブ)の有志が集まろうということになった。川端さんにも
 来て貰って相談した。発案者は久米、川端。駅前に家を借り、鎌倉文士の
 蔵書をあつめて貸本をやろうというのだ。
  当局との折衝、貸家の交渉は久米さんが当り、本集めその他の雑務は
 私がひきうけようと言った。>(p150)

 高見順「敗戦日記」で助かるのは、細かい註がその場でついていることだ。
荷風の日記にせよ、註釈・説明は巻末にまとめられることが多く、おまけに
少ない。読者の知識量を信頼してるのかもしれないが、もしや高見順は本が
読まれなくなり、従って文壇的常識が通用しない時代が来るのを見越して、
これら、反射神経のいい即座の註釈をひとつずつつけた日記を刊行した、
のだろうか?

 この種の丁寧で細かい事務能力があることが、却って作家たる高見順を
苦しめることにもなる。実務能力があるなら、それを使えばいいと思うが。
 だって、実務能力のない作家ならゴマンといるだろうけれど、持っている
事務能力を活かすこと(日本近代文学館の立ち上げなぞ、彼の事務能力が
あったからだろう)と、作家としての力量とは関係ないのに、いざ貸本
「鎌倉文庫」がオープンし、大繁盛して、

<新聞のゴシップにも「高見順が番頭をつとめる」と出、事実、番頭に違い
 ないのだが、記者からそう言われると、作家としての自尊心__否、虚栄心
 を傷つけられ、不快だった。
  あとで、自分はまだできていないなと反省させられた。私はなんになろうと
 作家なのである。番頭と言われて、不快を感ずるのは、作家としての自信が 
 不動の強さでないからに違いない。そう反省した。>(5月17日 p197)
__ ナイーヴってめんどくさくて困る。作家本人はナイーヴさではなく繊細さ
と理解してるのかもしれないが、いいえ、これはナイーヴ。訳語は、お馬鹿。

 もうオープン後の話をしてしまったが、店探しで四、五軒当たり、やっと見つ
かったのが4月23日。
 25日、高見順は乳母車に貸本用の本を載せて、妻と鎌倉の店に行く。
 26日、久米正雄の本も乳母車で運ぶ。
 28日、店で本の整理。
 30日:
< 本は、保証金三円、五円、七円、十円、十五円、二十円、特別の七種に
 わけた。その分類は私がひとりで当った。千冊近い出品だからさすがに
 うんざりした。>(p185)
 5月1日、無事にオープン。
< 百名あまりの申し込みがあった。現金千余円。__派手なようで、これは
 預かりの金だ。>
 2日、雨なのに、
<新規申込百余名。>(p186~187)

 8日:
< 定刻(一時半開店)より早く店へ出て、本の整理。同人より続々本の供出
 あり。>(p189)

 6月3日、同人全員の名前と、各人への配当金リストが示される。
久米正雄の911.44円がトップ、夏目伸六の2.16円が最後。(p211~212)

 貸本屋の立ち読み客の話とか、横光利一「旅愁」のニーズとか、興味深い。

     (高見順「敗戦日記」 中公文庫 2005初 J)

10月30日に続く~





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by byogakudo | 2014-10-29 21:57 | 読書ノート | Comments(0)


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