猫額洞の日々

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2014年 11月 02日

子母澤寛「愛猿記」再読・ほぼ読了

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 むかし読んで大感激した「愛猿記」は箱入りの小型本だったと思う。
お猿に興味がないし、日本猿が群れている風景はやかましい。動物文学
というのかしら、人事ではなく動物事がメインになったエッセイや小説も、
基本、興味がない。

 そんなわたしたちなのに、子母澤寛「愛猿記」にはイカれた。子母澤寛
の人柄が伝わってくるような文章にイカれたのだ。猫っ可愛がり、という
言い方があるけれど、そのお猿版であり、犬版、鳥版である文春文庫の
「愛猿記」を改めて手に入れ、再読した。やっぱりいい。

 ヒトには懐かない気性の荒い猿に、子母澤寛は懐かれる。猿回しの親方から
驚かれるくらいに、動物のほうから子母澤寛に愛着を示す。言葉を交わすことは
できない関係だが、両者、ぴたっと来るものがある。子母澤寛はヒトの愛し方で
彼らを愛する。

 もし今のペット飼育状況から判断されたら、どうしてそんな無茶な飼い方をと、
非難囂々であろう。喜怒哀楽の感情表現が排泄行為に直結するお猿さんと一緒に
寝て、一緒にお風呂に入り(家族から文句が出て、子母澤寛とお猿は仕舞い湯に
なったが)、食べ物はヒトと同じものを与えるのが子母澤寛流だ。子どもを過保護
に育てると却って身体の弱い子になってしまうが、ヒトに近いお猿さんも、そうなる。

 前腕が曲がって硬直した猿を見て、子母澤寛は、すわ、日本猿にも小児麻痺発症か、
と判断する。獣医さん、ヒトの医者、さらに東大伝染病研究所(伝研)と、発展する。
 乗り物酔いしやすい子母澤寛と女中さんは酔い止め薬を飲んで、鵠沼から東京・芝の
伝研へ、お猿の三ちゃん(子母澤家のお猿は歴代、「三ちゃん」である)を連れてゆく。
車中の子母澤寛は動揺しっぱなしだ。

<三ちゃんはほんとに何んにも知らないのだ。もし小児麻痺であったらどうするか。
 何分にも危険な病気だ。伝研ではきっとわたしの手から取上げて終うだろう、そう
 なったら三ちゃんはどんなに不思議に思い、あのいつもの声で「ホウ、ホウ」と
 わたしを呼びつづけるだろう。科学は冷たい。伝研はわたしの三ちゃんをいろいろな
 試験にするだろう、解剖もするだろう。三ちゃんは自分の病気の如何なるものである
 かも知らずに、死ぬというよりは殺されて終うだろう。>(p107)

 自分の子どもたちに対しては、もう少しヒト並な態度で接したろうと思うのだが、
対動物では、子母澤寛の理性は飛ぶ。
 愛は盲目で、哀切な結果しかもたらさないのは、ヒト同士のことに限らない。

     (子母澤寛「愛猿記」 文春文庫 1988初 J)


 昨日は雨もよいで部屋にいたが、今日は女子美からJR高円寺まで歩いた。高円寺
北口から南口、地下鉄・新高円寺まで歩いて、一駅だけ乗って戻る。ほぼ息切れなし。
歩く速度はまだ少し遅い。

 先おととい(最後に服薬した30日)は、女子美から地下鉄・東高円寺へ歩いた
だけでバテる。東高円寺〜新高円寺間を地下鉄、新高円寺は少し歩いてまた地下鉄
で戻ってきた、というのに。
 さすがに今日は帰ってきてから少し眠る。





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by byogakudo | 2014-11-02 22:03 | 読書ノート | Comments(0)


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