2014年 11月 04日

秋尾沙戸子「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」1/3

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~11月03日より続く

 『第五章 オキュパイド・ジャパン』まで読み進む。東京大空襲の項でも
敵を攻撃する前のアメリカの綿密で周到な準備に感心したが、占領軍の
進駐に当たっても同じく計画性が高い。__軍事ではそれが当り前だろう
と思うのだが、ろくに準備せず戦争に突入し、たまさかのラッキー・パンチ
に酔いしれて、勝てると盲信するのは、民族的病質、といってよいだろうか。

 軍人にいちばん求められるの資質は実戦に強いかどうかだろう。それなのに、
あまり戦争が巧くない乃木希典を、国家と国民(複数民族中の最多数)が尊敬
しているかのように見える日本である。合理的に準備を整えてから戦争をしかける
なんて、できないか。

 ついでに乃木希典への疑問と怒りを。彼が国家的に記憶さるべき対象とされた
のは武勲ではなく、ただ明治天皇への殉死行為故ではないかしら? 右翼的心情や
神経を持ち合わせてないから理解できないのかもしれないが、なぜひとりで殉死でき
なかったのか、それが分からない。妻をつき合わせたのは、乃木希典のマザコン・
マチスモのせいだろうと考えるのだが、誤解ですか?

 妻が夫の殉死を知らずに生き残ったりしたら、なぜ一緒にお供しなかったのかと、
周囲から非難されかねない。それでは彼女が哀れだと、彼が思ったから? そうかなあ?
 わたしの邪推だと、妻が生き残り、もし幸せそうに過ごしていたら、自分の殉死という
行為に傷がつく、と彼は無意識に考えたので、妻を伴った殉死に至った、というのだが。
心中や無理心中の心意気(?)が分からないので、どこまで考えても乃木夫妻の行為
理解には行きつかない。

 国家を一枚のスクリーンだと見なす。スクリーン手前に国民と称される個人が立ち、
さらにその手前からライトを当てると、スクリーンに影が生じる。ライトが強ければ強い
ほど、国家というスクリーンと個人との距離があればあるほど、影は巨大に強烈になる。

 個人と国家を同一線上で語りたがる大文字好きの男を見る度に、上記の映像が浮かぶ。
とっとと、くたばりやがれと思うのだが、その手の男は再生産され続ける。なぜなら、
男は地に足がつかない生物なので、生きるために常にファンタジーが必要だから。
 あこがれとか共同幻想とか呼ばれる思いなしには生きて行けないので、つい国家と
自己の同一視に走るんだろうとは分かるけれど、もっと個的で、国家なんて小規模の
ものじゃなくて__ああ、国家の先のさらなる何かを視ている、と言いたいのは知って
ますよ! でも大抵は国家規模内のいざこざに足を取られて、最初に幻視したものとは
似ても似つかぬ状況にいる彼を見つける。彼は、泥沼を泥沼とも認識せず、いまだ原初
の情景の中で闘っている自分自身しか視ていない。__、センスのいいファンタズムを
選ぶことはできるだろう、と言いたいだけ。そして決して他者に個人的な幻想を強要
しないこと、それを望む。

 マッカーサーのナルシシズムが面白い第四章・第五章である。征夷大将軍ではなかった、
マッカーサー・連合国軍最高司令官を東京では準備万端、待ち受けているのに、スターは
なかなか登場しない。でも無理はない。あれだけ猛烈な抵抗をした敵を治めに行くのだ。

 暴動や反攻勢力はいないか? クリアー! 司令官の威光を見せつけられるステージ
(住まい・執務室、及び調度品)は整っているか、将官たちの住まいや仕事場も、ふさわしい
格式で整えられているか? 接収済み、クリアー! 大勢の兵士とその家族のための住まいと
インフラストラクテュアは整ったか? オール・クリアー!

< アメリカ大使館に星条旗が揚(あ)がり,占領が始まった九月八日、明け方には揃(そろ)い
 のユニフォームに身を包んだ三千人ほどの米兵が代々木練兵場に向かっていた。ジープに
 乗った彼らは次々と赤土の上に降り立っていった。八時頃に数十台のトラックを連ねた先遣隊
 が到着、その後間もなく戦車、キャリオール、工作機械、ブルドーザーなどの重機が続けて
 練兵場へと入っていった。
 [略]
  ゲリラとの戦闘を想定して小銃を手に背嚢(はいのう)を負い、完全武装したカーキ服姿の
 彼らは[中略]第一騎兵師団の兵士たちだった。レイテ作戦に真っ先に駆け付け、ルソンでは
 七十二時間不眠不休でマニラに突入したという強者(つわもの)たちの一団だった。「フィリ
 ピンで五十回にわたる移駐作業」[中略]を経験していた彼らは、代々木練兵場にキャンプを
 築き始めたのであった。
 [略]
 司令部を基準に直線を描き、道路を規定の幅で作り、整然と「村」を設営していく[中略]。
 テントには六人用と十四人用があり、炊事場だけでなく郵便局まで設ける。すでに飲料水用の
 井戸も掘り終えてあり、洋式トイレを造っている部隊もいた。舞い上がる砂塵のために散水車
 も用意され、水を撒(ま)いていた。彼らはそこまでのキャンプ設営に、六時間しか費やして
 いなかった。>(p114~116)

     (秋尾沙戸子「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」
     新潮文庫 2009初 J)

11月6日に続く~





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by byogakudo | 2014-11-04 22:11 | 読書ノート | Comments(0)


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