2014年 11月 07日

秋尾沙戸子「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」半分強

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~11月6日の続き

 また?! と呆れられそうだが、『第八章 まずは娯楽ありき』からRAAの話。

< 「国家売春」プロジェクトが動き出したのは、早くも玉音放送の翌日、
 八月十六日のことである。同じ日、顔を黒く塗った女性たちが、「強姦
 疎開(ごうかんそかい)」のために上野駅から列車に乗っていた。政府は
 女性たちにモンペ姿になるように促し、「女性は米兵に笑顔を見せるな」
 という回覧板が隣組を通してまわった。
  国務大臣だった近衛文麿(このえふみまろ)が中心になって、日本政府を
 あげて慰安所が作られた。ただし、表向き政府が出資するわけにはゆかず、
 内務省から大蔵省を通じて日本勧業銀行が業者に五千万円(三千万円という
 説もある)を貸し付けた。大蔵省の主税局長は後の首相、池田勇人(はやと)
 だった。
  東京では、警視庁が中心となって業者との懇談が始まっていた。被災し、
 渋谷の広尾小学校に移っていた警視庁保安課に、東京料理飲食業組合の
 役員たちが呼び出されこう告げられた。
  <保安占領とはいいながら、戦後には略奪や暴動がつきもの[以下略]。
 そこで四千万の大和撫子(やまとなでしこ)の純潔を守るための"防波堤"を
 つくることが、ぜひ必要である。そのためには芸娼妓(しょうぎ)・酌婦など
 商売女をかり集め、アメリカ兵のセックスの欲望を"組織的に解決"する
 慰安施設を作らなければならない>(『みんなは知らない国家売春命令』)>
(p259~260)

 労働者を正規雇用と派遣に分断するように、女たちを商売女と素人(処女)に
分断し、管理・活用しようという発想である。明治以降の日本近代の野郎どもは、
懲りずに同じパターンで思考してきた。サイテーじゃん。

 そして銀座に堂々と例の大看板が現れる。
< 「新日本女性に告ぐ。戦後処理の国家的緊急施設の一端として進駐軍慰安の
 大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む」
  「女事務員募集。年齢十八歳から二十五歳まで。宿舎・被服・食料など全部支給」>
(p260)
 最初のフレーズは怪しいけれど、次はまともそうなので騙される素人も出てくる。
事務員にしては条件が良すぎるから怪しいと判断すべきだが、空爆で家族も家も
食べ物も、何もかも失った若い女性だったら、つい、すがってしまうかもしれない。

<集められた女性たちが慰安所第一号である大森の「小町園」に送り込まれたのは、
 八月二十六日、占領軍の最初の部隊が厚木に到着する二日前のことである。
  RAAの情報課長だった鏑木(かぶらぎ)清一が記した『秘録 進駐軍慰安作戦』
 によれば、その設立宣誓式は八月二十八日、皇居前広場で行われている。
  <八月二十八日、いよいよ開業の日、協会幹部一同は早朝宮城前に参集して
 「特殊慰安施設協会設立宣誓式」を行なった。宣誓式には宮沢会長(引用者注・
 東京飲料組合長の宮沢浜治郎)をはじめ二十二人の役員および職員、そして
 来賓の官公署の関係官公吏も出席して、まず君が代の斉唱ののち、宮沢会長が
 立ち上がって宣誓文を読みあげた>>(p260~261) 

 「小町園」ってネーミングは、もちろん猥褻な意味合いに取っていいのでしょう?
話が現在に飛ぶけれど、名詞を省略するのは仕方ない場合もあるかもしれないが、
「マタハラ」と聞くと「股腹」という文字が浮かぶし、「アナ雪」は「穴に行く」
のか、と卑語変換してしまう。もうちょっとセンシティヴであるべきだろうが。
 『秘録 進駐軍慰安作戦』というタイトルといい、皇居前広場での宣誓式といい、
君が代斉唱といい、ブラック・ヒューマー・コントを読んでいるのかと錯覚しそうだ。
自分たちの所行がどんなにグロテスクで醜悪であるかとは、関係した男どもは誰ひとり、
思いもよらなかったのだろう。自分は仕事をしているだけだという、不治の病い、
アイヒマン症候群患者ばかりだ。

 カメラマン・大竹省二の『遥(はる)かなる鏡』に、元芸者の言葉が記されている。
< <日本の男は戦争に負けたら、アメちゃんに媚(こ)びへつらい、魂を売った。
 あたしたち、日本の役人に身体(からだ)を売らせられた。お前たち、これが最後の
 国のためのご奉公だ、と言って、九段で芸者をしているのに連れ出され、大森の
 悟空林という所で、アメちゃんの相手をさせられ、そしてポイと捨てられた。
 あたしたち、肉体を売ったけど、魂は売らないよ。[以下略]>>(p262)

 日本の男どもの配慮の賜物、RAAは7ヶ月で米兵の利用が禁止された。
<性病の蔓延(まんえん)と、メディアを通してRAAのことを知った、本国の兵士の
 家族から批判の声があがったためである。「日本の公娼制度はデモクラシーに
 反する」として、[注:1946(昭和21)年]一月二十一日に公娼制度否認の覚書が
 出された。>(p263〜264)

 日本の野郎どもの自発的プロジェクト(但し肉を売るのは女たち)RAAだけで
なく、<米軍の働きかけによる売春プロジェクトもあった。>(p265)
 公平を期すために少し紹介しておこう。

 与謝野鉄幹・晶子夫妻の長男、与謝野光は日比谷の第一生命ビルに呼ばれ、
<GHQの軍医総監からこう協力を依頼された。
  「いま東京に十万人の米軍兵士がいる。彼らの性の処理のための、適当な
 場所を探したい」>(p265)

 <婦人の人権をやかましく言った>亡母・与謝野晶子のことを思うと、心中複雑
ではあったが、与謝野光ももちろん、米兵の"性の処理"に協力する。

 敗戦前後に恥知らずにふるまわなかった日本の男もいたと信じたいが、ふぬけ
になるか、いそいそとアメリカに媚び諂う男しかいなかったのじゃないか、と思い
こみそうで、困ったものである。
 衣食足って礼節を知る。朝鮮戦争による経済成長のおかげで、こんな奴らも
その後、口を拭って、それなりの紳士面をしていたのではないかしら。

     (秋尾沙戸子「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」
     新潮文庫 2009初 J)

11月09日に続く~





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by byogakudo | 2014-11-07 21:20 | 読書ノート | Comments(0)


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