猫額洞の日々

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2014年 11月 13日

ジャネット・フラナー「パリ点描 1925-1939」3/4

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~11月12日より続く

 『パリ便り』が1935年まで来た。きな臭い記事が増えている。1933年には
『ユダヤ人の排斥』、『戦争の話題』。1934年は『スタヴィスキー (一八八六?〜
一九三四)』、『血まみれの火曜日』(2月6日夜、コンコルド広場)、『スタヴィス
キー (続報)』、ロシアのスパイだった『リディア・シュタール夫人』に『マタ・ハリ』
と続く。
 危機感は社会的なできごとだけでなく、個人レヴェルにも及ぶ。両者は同時平行
するものだけれど、その顕著な例が、1933年の『ル・マン殺人事件』であろう。

 でも、社会問題でもなく、扇情的でもない、1935年の『シェイクスピア・
アンド・カンパニー』の経営危機の話題から引用しよう。単行本編集時の
1970年代につけ加えられた箇所に依れば、

< 当時シルヴィアはうち沈んだ口調で残念そうに、書店も自分自身も財政が
 逼迫(ひっぱく)してしまったので、大切なものを一部売るしかないと、わたしに
 告げた。>(p269)

 売り立ての内容を記すと、1922年刊行『ユリシーズ』初版本は、
<オランダ製の白い紙に印刷し、青いモロッコ革で製本してあり、二〇〇部限定
 出版のうち二冊目の本で、ジョイス自筆の詩がミス・ビーチへの献詞として書か
 れていて、ジョイスのオリジナルプランの装丁による背表紙がついている[以下略]>。

 続いて、
<『ユリシーズ』の校正刷りと最終的な本には入れなかったさまざまなタイプ原稿で、
 傍注やペンで書いた訂正が加えられている。>
 さらに、
<『若い芸術家の肖像』の原稿で、六〇〇ページほどあり、ジョイスがあちこちの
 出版社で断られ、絶望のあまり火に投げ込んだあと残ったものだ、この原稿は
 白紙の書き方帳に、線を引かず、行間を広くあけて、インクで書いてある。>

 その他、『ダブリン市民』の原稿の一部など、原稿類多数。__たんに本から
書き写しているだけなのに、こういう内容だと、目録を作ってる気分になるのが
不思議。__

<ジョイスが書いて、ダブリンを離れるとき有力な市民の家の戸口に置いてきた
 片面刷りの折りたたみ印刷物(冒瀆(ぼうとく)的な言葉が書きつらねてあった
 ので、敬虔な人はほとんどが破棄してしまい、残っているのがきわめて珍しい)。
 「『ユリシーズ』の著作権侵害に対する抗議」の一五〇名に及ぶ署名(書簡が添え
 られたものもある)は、[中略]
 イギリスの詩人オールディントン、ベルギーの詩人メーテルリンク、イギリスの
 小説家ウェルズ、アイルランドの詩人イェーツと、AからYまで(Zはないが)選び
 抜かれた現代の大物作家のものが揃っている[以下略]。>(p268~269)

 シルヴィア・ビーチに協力しようと、『ニューヨーカー』へのコラムをリキを入れて
書いたのに、『パリ便り』を読んでコレクション売却に赴いたアメリカ人顧客は、
どうやらいなかったようなので、ジャネットは恥ずかしがるが、

<シルヴィアがせめてわたしの努力に報いたいと、すかし筋入りの紙に書いた
 『ユリシーズ』の限定アンカット初版本をくれるといったときには、無念の思いが
 いっそう募ったものだ。これにはオリジナルの原稿がついており、ジョイスが例の
 もつれ合った余分な文章をくどく書き込みすぎていて、いわゆる「キルケ」事件を
 扱っていた。ミュージック・ホール女優のフェイ・アーサーと、「フェイ・アーサー
 が年季契約で働いていたあいだ白い下着を見せたこと」が引き起こした「非政治的な
 情欲」を描いていた。>

 <ミス・ビーチの浮き出し印刷の名刺が本の表紙裏に貼ってあり、彼女の肉筆の
  「ジャネット・フラナーへ、シルヴィア・ビーチより愛と感謝をこめて」という
 献辞が>
加わったこの『ユリシーズ』限定アンカット初版本だが、
<第二次大戦後、パリがまだ景気の冷え込みと物価高に悩まされていた>1950年、
ジャネットはシルヴィアのために売りに出す。謂れがある稀覯本なので500ドルには
なるだろうと予想していたのに、結果は100ドル!

<一九二二年にあれほどのセンセーションを巻き起こし、海賊版でさえもっと高い値段で
 売られていた本の初版本なのに。わたしが唯一満足したのは、シルヴィアがその一〇〇ドル
 を快く受け取ってくれたことだ。あまりにもしみったれた金額だし、断る理由もないし、
 彼女のものであり、ある意味ではわたしのものでもあった本が、ピアポント・モーガン
 図書館という名高い立派な第三者の手元に永遠に収蔵されるのが実際にうれしかった
 からだろう。>(p270~271)

     (ジャネット・フラナー/吉岡晶子 訳「パリ点描 1925-1939」
     講談社学術文庫 2003初 帯 J)

11月14日に続く~





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by byogakudo | 2014-11-13 19:48 | 読書ノート | Comments(0)


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