2014年 11月 15日

ジャネット・フラナー「パリ点描 1925-1939」読了

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~11月14日から続く

 平和とは、街や村がかろうじて戦場にならないでいられる状況を
示す言葉だ。遠いよその国で起きた戦争が気がついたら、身近な
ものになる。個々人の住む、日常の小さな界隈が戦場に転化する。
 アメリカ大陸から見たヨーロッパの戦争、日本の本土にいて心を
痛めていた戦争を、我がこと・戦場として視る姿勢が必要だ。

 1938年の『この時代の平和』(十月二日)は、英独仏伊の4カ国
首脳(ヒトラー、ムッソリーニ、チェンバレン、ダラディエ)会談で、
ヒトラーに譲歩したことで、当座の平和が得られたときの、パリ市民
の様子を描く。3カ国が、自国ではないズデーテンをドイツに売って
得た平和であるが、帰国したダラディエ首相を市民は大歓迎する。

<沿道の多くの人が、首相の姿を目にして涙を流した。母親たちは、
 子どもたちがこの幸福な日を少しでも覚えているようにと、わが子を
 抱き上げ、首相の姿を見せようとした。歓呼の声で迎える群衆を横目
 に、数百人のビラ貼りが、ダラディエとその政権の退陣を求める極右
 と極左のポスターを貼っていた。ダラディエは、チェコスロヴァキア
 [注:ズデーテン地方]のために参戦すると約束して、親ナチ派のフラン
 ダンの敗北主義者を怒らせ、その約束を果たさないことで、共産主義者
 を怒らせた。>(p367~368)

 『この時代の平和』(十月一二日)では、
< 民主主義の実践は、一八世紀末、駅馬車の時代からはじまる。民主
 主義が機能するスピードはまだ、自由を愛する大地に最初にやってきた
 議論好きな民主主義者をあちこちへ運んだこの乗り物のスピードと同じ
 だ。ファシズムは二〇世紀に入って三〇年ほどしてからはじまる。目を
 みはるような政治的変革はみなそうだが、ファシズムもその時代を反映
 しており、したがってその進むテンポは飛行機なみである。
 [略]
  たぶん民主国家は、殺戮(さつりく)に熱心でないのと同じくらい戦争へ
 の覚悟をしないことによって、身を守っているのかもしれない。ドイツ人
 が最近、戦争回避にはめをはずして大喜びした__どう見ても、それは
 民主主義国の喜びように劣らないほどの大喜びだった。それはもしかしたら、
 人間らしさに目覚めた人々が立ち上がり(人間にはときにそういうことが
 ある)、ドイツ人でも、今進行中の外国領土の征服に国粋主義的な誇りを
 もつのを回避することがある証左かもしれない。だが、それにも増して
 確かなのは、ドイツ人を征服できるのはドイツ人だけだということだ。
 [中略]
 この数百年、彼ら[注:ドイツ人]の考え方は、フランスやイギリスの理念
 とは隔たりを見せている。ドイツに比べれば、この両国は、今は征服に
 対して冷ややかな態度をとっている。ヨーロッパを二つの勢力に分けて
 いるのは、この目標の違いなのだ。明日、奇跡が起きて、民主主義国が
 ドイツを征服できたとしても、ドイツを変えることはできないだろう。
 ものの見方は内部からしか変えようがなく、外部から変えることはできない
 からだ。>(p373~374)

 そうだけれど、ソフトな洗脳という手段でもって、時間をかけて、外部から
変えることは可能である。敗戦後の日本のように、戦前の軍国主義から変わった
のだと、かつての神国ニッポン教信者だった多くの被洗脳者も、新たな民主主義
国家・日本と日本人像を信じていられる。
 でも一見、民主主義国家の体裁をとる日本だが内実は、ネポティズム蔓延、
いわゆる「アジア的専制」を今でも愛好しているのではないかしら。マゾヒズム
ともちょっと違うが。
 誰かが(権力者が)自分に替って考えてくれるから、それに従っていればいい、
下手に自分の意見をいって目立ってしまうとソンだ、とでも思っているのだろう。
 根っからの被害者根性、貧乏人根性というのか、おとなしくしていれば、おこぼれ
だってもらえるかもしれないし、少なくともひどい目には合わなくてすむと無根拠
に信じ、だから他人が大方の意見と異なる考え方・行動を示すと、目立ちたがり!、
と不快になり、攻撃する。権力者の意図を汲み、私は自分の欲望を自ら殺して生きて
きたというのに(こんなに我慢しているのに)と、ちゃらちゃら目立ちやがる他者に
怒りをぶつける。自分を卑屈な存在にさせる、権力に対して怒ればいいのだが、
そのほうが合理的・理性的反応だと思うけれど、逆に権力に対して自分と同じ
ようにふるまわない他者に怒る。「忠臣蔵」シンドロームかしら?

 ああ、この話を始めると、わたしは長くなる。積年の怒りってやつが発動する。

 1939年の『戦雲』(二月二日)では、
< [略]ヨーロッパ人の信念が、二つの陣営に割れてしまっているということだ。
 この二つの信念は戦争という一点で基本的に異なる。歴史的・物質的理由から、
 現在のフランスとイギリスは戦争を最高悪(スムム・マルム)とみなし、生物学的・
 物質的理由から、ドイツとイタリアは戦争を最高善(スムム・ボヌム)とみなして
 いる。
 [中略]
 フランス人とイギリス人は、たとえ戦争に勝てるだけの準備が今現在できて
 いても、戦争をしたくないと思うだろう。彼らは過去に激しく交戦した時期を
 経験しているので、戦場を栄光ではなく、むなしいとみなしているからだ。
 一方、イタリア人にしてみれば、英雄による征服は、カエサルの話など学校の
 生徒にとって退屈な古典でしかないほど大昔のことだ。そして、ドイツ人にして
 みれば、先の大戦に負けたのは大量虐殺のせいにほかならない。だから、
 イタリア人やドイツ人は軍事的な勝利に向けて新たな意気込みに駆り立て
 られている。>(P384)

 早くから帝国主義政策をとり、第三世界から富を収奪し蓄積したヨーロッパの
一部と、遅れてゲームに参加して、簒奪から得る利益の少なかったヨーロッパの
一部の国との争闘に、さらに遅れて世界史!に参加した第三世界の国・ニッポン
が二番手国家と手を組んで(条約を結んだので、建前上は、ドイツとイタリアで
名誉白人でいられる)ショバを争ったのが、そして様子見というか状況分析をした
後、参加した、白人国家・アメリカというのが、第二次大戦だったと思ってきた。
身も蓋もない。
 ソ連については理解不能。旧ロシアから考えなければならないのだろうが、
遅れてきた世界史(ふむ)参加者であり、ヨーロッパから見れば田舎、アジア
側から見ると極東!ヨーロッパ。

 でも、できるだけの富の再分配が、わたしにとっては善であり、敗戦後、アメリカ
によってもたらされた民主主義を、そのニューディール的側面で、自分の価値観に
している。時間がかかるのが欠点だけど、個人を存在させるためには、他の政治・
統治システムより多少ましなので、民主主義を選ぶ。

 しっかしなあ、
<「女性しか子供を産めないことをネガティブにとらえる社会になった結果、ドメス
 ティックバイオレンス(DV)や離婚が増加した」>(東京新聞 2014年11月13日
朝刊)
と発言する__自分が何を言ってるのか分かってるのか? 主語と述語を強引に
つなげれば一文は成立するが、合理的なつながりがないと、意味を成さない、
気狂いの戯言になることは分かっているのか? 詩的表現以外でそれをやると、
馬鹿か気狂いであることを実証するだけだが__、杉田水脈(みお)・次世代の党
議員の存在をも受け入れる民主主義社会の必要条件としての寛容さに、ときに
疲れることだってある。 
 誰がこんな、人類に対する犯罪者、女の敵である女に投票するのだろう? 
どこの陰謀だろう?

     (ジャネット・フラナー/吉岡晶子 訳「パリ点描 1925-1939」
     講談社学術文庫 2003初 帯 J)





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by byogakudo | 2014-11-15 20:16 | 読書ノート | Comments(0)


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