2014年 11月 19日

トム・ウルフ「バウハウスからマイホームまで」半分弱

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 大昔読んだきりのトム・ウルフだ。"The Electric Kool-Aid Acid Test"
を「クール・クール LSD交感テスト」と訳すのは、当時でもダサいなあ
と思いながら読んだ。たしか、ピンク色のワーゲンのヴァンで移動するの
ではなかったかしら? そんなとこしか覚えていない。

 1970年頃、時代は近代の男がメインだったから、『異端の復権』だ
とか、上から大仰に押し被せるセンスが強く、女子どもには、どうにも
鬱陶しい部分があった。今のライト感覚の強制にもなじめないが。
 いつだって生きてることは苦痛に決まってる。

 「バウハウスからマイホームまで」の原題は"From Bauhaus to
Our House"と韻を踏んでるけれど、「バウハウスからアワ・ハウス
まで」と、訳すわけにはいかない。まぬけだもの。
 「マイホーム」と"Our House"の微妙な距離は面白い。
 また頭が脱線する。「マイホーム」といえば、(資産価値のある)
家屋を示すが、「マイホーム主義者」は、家屋を大事にする男では
なく、そこに住む家族に生存理由を置く男、の意味になる辺り、妙な
ものである。

 アメリカに住むトム・ウルフが周囲を見回すと、現代の建物はほぼ
直線__屋根は陸屋根で水平線を描き、外壁は真っ平ら・まっすぐの
垂直線__で構成され、目に見える材料はガラスとコンクリートだ。
 一体いつから、なんでこうなった?と、トム・ウルフは考察を進める。

 お金があれば好きなようにできそうなものだが、大金持ちであっても、
建築家に居心地よい住宅を注文することはできない。
 なぜなら、お金持ちであればあるほど悪趣味は許されないから。
 小さな可愛いお家や、外壁に装飾たっぷり、使用可能な暖炉に煙突
などを望んでも、建築家にはねつけられる。装飾は悪趣味であり、悪趣味
とは罪悪であり、厳格な簡素さしか、建築には認められないのだと。

 シンプルな建物ができる。あまりのストイックさに、住み手は装飾と潤い
が欲しくなり、室内に色彩豊かなラグやランプなぞを持ち込むが、自分で
好きなように室内をしつらえられないのがお金持ちである。室内装飾家から
悪趣味!とダメ出しをくらい、部屋は本来のシンプルさを取り戻させられる。

 1945年以前のアメリカの大富豪だったら、どんなにごてついた悪趣味な
邸宅であろうと、建築家に命じて建てることができたのに、1945年以降、
それが禁断の欲望になってしまった理由を、ヨーロッパの近代文化の歴史
から説き起こし解説するトム・ウルフである。いまのところ、話はその方向
で進んでいる。

     (トム・ウルフ/諸岡敏行 訳「バウハウスからマイホームまで」
     晶文社セレクション 1984年4刷 J)

11月20日に続く~





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by byogakudo | 2014-11-19 17:25 | 読書ノート | Comments(0)


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