猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2014年 11月 28日

平山盧江「つめびき」読了/鈴木創士「文楽かんげき日誌」第9弾「鬼はどこにいるのか」

e0030187_23425584.jpg












 (2005年1月1日付けになっていた<「悪霊の群」読了>が
2006年4月17日付けとのダブリなのを発見して、前者を削除
できた。どうでもいいことだけれど、気持がすっきりした。)

~11月27日より続く

 お酌・やや子を止めて実家に戻ったおみよは、再び、近所の三味線の
お師匠さん宅に通う。次々にやって来る弟子が途絶えたとき、お師匠さん
から、蕎麦を頼んできてと言われる。

< ざるを二つと天ぷらそばを一つ頼んで>(p54)、
師匠宅に持ち帰る。

< 二人がお盆を間にさしむかひになる時、おみよは小さな鼠入らずから
 飯茶碗を二つ持つて来た。
  天ぷらそばを半分それに分けて、師匠の前と自分の前へおき、
  「かうしてね、天ぷらそばの方を先に食べてさ、おつゆをなるだけ残す
 やうにして、それから、残つたおつゆでざるそばをいただくんです、さう
 すると得(とく)だわ」
  これは浪花家の姐さんがいつもやつてゐる食べ方だつた。
  浪花家にゐる頃、いつもいつも[注:踊り字表記]お腹(なか)が減(へ)る
 ので内箱(うちばこ)のかつちやんと、今にお小使が出来たら、あれやって
 見やうね、とても得(とく)でおいしそうだわと、うたに唄うやうにいひ
 つづけたが、到頭一度もやらなかつた[以下略]>(第二章『糸みち』 p55)

 お師匠さんから<「[略]大層あたじけない話だね」>(p55)と評される
この食べ方は、芸者・菊丸になり、お師匠さんにご挨拶に行ったときにも
繰り返される(第三章『縁』 p83)。

 しかし、このころの芸者屋の食生活のひどいこと!ほとんど日本人全員が
低カロリーで生きていた時代だけれど、芸者屋はひどい。労働着である着物
にお金をかけ、おつき合いにもしみったれない金額を包み、その他あれこれ
出銭が多いので、食生活を切り詰めるしかないかもしれないが、いい旦那が
ついた売れっ子の芸者・菊丸の所属する音羽屋にしても、

< ここはまだ、日々の御飯につけものの用意と、たまにはつくだ煮か煮豆
 ぐらゐのおかずがお膳の上に出る事になつてゐるのだが、浪花家では
 三度の食事が、いつもいつも[注:踊り字表記]足らぬがちだつた。
 [中略]
 お酌時代のやや子は内箱のかつちやんと二人、空腹をかかへて寒さが
 一入身にしみる夜が多かつた。
 [中略]
 姐さんが何かの用で出かけたのを待ちかまへて、かつちやんのはからひで、
 おはちの中の御飯をそつとおにぎりにこしらへ、二人がにつこり笑つて、
 赤ン坊のあたまほどなのを、あんぐりかぢりついた途端に>
姐さんが帰ってきた。

 雪隠に隠れたやや子は諦めておにぎりを捨て、かつちやんは、流しの上に
置いて洗い桶を被せておいたので、半分こしようと言ってくれたが、慌てて
桶を被せたので、桶の縁でおにぎりを半分つぶしてしまい、それを猫がむしゃ
むしゃ食っていた(第六章『縁切り』 p164~165)。

 売れっ子芸者にはなったけれど、なんだか空しさを覚える菊丸姐さんは、
幼なじみと再会して、恋をする。芸者から堅気のおかみさんになるところで、
おしまい。

     (平山盧江「つめびき」 住吉書店 1952初 J)

 鈴木創士氏の「文楽かんげき日誌」第9弾は、「鬼はどこにいるのか」





..... Ads by Excite ........
 
[PR]

by byogakudo | 2014-11-28 21:01 | 読書ノート | Comments(0)


<< 日比谷公園へ      平山盧江「つめびき」もう少々 >>