2014年 12月 16日

昨日の続きを考えている

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~12月15日から続く

 昨日のブログ後半に少しつけ加えたい。平たく言えば、明治以来
の海外(欧米)からの思想・文化輸入がいつも、思想や文化の背景
にあるものを捨象し、即使える、便利な技術(に改変され)として
のみ享受されてきたが、これは未だにたとえばフランス現代思想
(よく知りもしないで例に挙げて申訳ないが、気になる点があるので)
の使用状況についても言えるのではないか、といったことを。

 澄明な思考法はどんな土壌や環境から考えだされたのか、なぜ
そんな思考法が必要とされたのか。そんなことは一顧もされず
__フランス語の構造から出てきたに決まってるから、考える
必要もないし、あの言葉で身体を作られてきた人々の生活環境
なんか考えたって仕方ない。個人的な状況から離れてものを
考えるための思考方法に、なぜわざわざそんなことを考えなく
ちゃならない、というのだろうか?__いつの間にか、語彙を
的確に操ればクールに見え、何よりも無答責でいることを保証
する思考法にまで風化しているように、逃げを打つことに専ら
便利に使われているように感じられて仕方ないのだけれど、
それはわたしが老人だから、ヒューマニスティックな長い尻尾
が視野を塞いで、そう思うだけだと言われる事柄かもしれないが、
何やら引っかかる。

 いつも普請中の街や町に暮しているので、文明開化時の無理を
引きずる落ち着かなさを常に感じざるを得ない、ということかも
しれないけれど、無答責に通じやすい透明さコンプレックスと、
前提にある生まれついてのカメラ目線(他者の視線をいつも感じて
無言の指示通りに行動しなければならないという、遺伝的村落共同体
意識、といっても同じことだが)が相俟って、今や第三次世界大戦参戦
前夜である。あの選挙結果はそういうことだろう。不特定秘密保護法や、
原発の再可動に輸出、自衛隊の海外派兵、沖縄の選挙結果の無視、
それら、選挙公約に挙げられない何でもを、勝手にやってくれと白紙
委任した人々の生まれ故郷は、こういう地点ではなかったのか。

 消費税が上がって、3%分以上に値上がりしちゃって大変、という
会話を一週間くらい前に地下鉄内で耳にしたけれど、彼女たちは
どの党の誰に投票したのだろう。あるいは棄権したか。
 候補者の人柄が好きか嫌いか、信頼できそうか駄目そうか、などと
情緒的で暢気なことを言ってる暇はないのが小選挙区なのに、気分と
頭が相変わらず、ひとつの区に1、2人当選者が出る中選挙区のころの
ままで投票所に向かう、あるいは今回は止めとくと棄権する、人々。





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by byogakudo | 2014-12-16 17:51 | 雑録 | Comments(0)


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