2015年 02月 08日

山田風太郎「戦中派復興日記」を読み始める

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 昭和26(1951)年から27(52)年、山田風太郎29歳から30歳
にかけての日記だ。次から次へと原稿依頼。毎日何か読んで、
毎日書く。毎日のように原稿料が入ってきて毎日・毎晩、痛飲
する。時々お金がなくなり、友人に借りて次の原稿料で返す。
古本屋や結城紬の代金をツケにしてもらい、原稿料が入って
返した記述もある。ひとに貸すときもある。
 体力満々の時期と戦後復興期のエネルギーが重なる。ほとんど
ライティング・マシーンと化した、狂乱の日々の記録である。

 原稿料は編集者が現金で渡すこともあるが、小切手や"約束手形"
のときが多い。
 1951年4月11日(水)の記述では、岩谷の"約手"13.360円を、
横溝正史に<現金化してもらう。>(p48)
 この当時の1万円台の価値と、"約束手形"、略して"約手"の仕組み
が分からない。
 5月23日(水)でも、
< 午前、高木[注:高木彬光]氏宅へゆき五千円の小切手中二千円
 現金化してもらい三千円返す。>(p65)
 約束手形も小切手も宛名は書かれていないのかしら? ただ銀行窓口に
差出せば、約手や小切手に記された額を、持参人に払ってくれるのか? 

 1951年5月29日(火)より引用。
< 「戦争中我々は誤まりを侵した」と戦後正気にもどった顔で各新聞は
 一せいに唱えた。そしてまた今や各新聞は誤まりを侵しつつある(狂気
 と正気は病理学的にも時間的にもその移り変りは漠然としているもの
 である)。やがていつかまた各新聞は現在のやり方を誤まっていたと
 叫ぶときがくるであろう。然(しか)り而(しこう)してまたもと通りになる
 であろう。永遠のくりかえしである。
 [中略]
  今再軍備論かまびすしき中にまだ国内防衛だけに、など殊勝らしい
 ことをいっているが、その中(うち)、防衛は国境外で、とか、攻勢こそ
 最大の防禦(ぼうぎょ)である、なンていい出すにきまってる。>(p67)

     (山田風太郎「戦中派復興日記」 小学館文庫 2014初 J)

2月9日に続く~





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by byogakudo | 2015-02-08 16:15 | 読書ノート | Comments(0)


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