2015年 02月 11日

O(オー)氏邸に愛をこめて

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 S のぎっくり腰も1ヶ月を過ぎ、そろそろリハビリの時期である。
寒さが腰痛の敵だから、暖かい日、暖かい時間帯を選んで少しずつ
歩くしかない。昨日の午後なんぞ、その条件をなんとか満たす。

 東高円寺往復をしようと部屋を出る。青梅街道方面に進もうとして、
何かが引き止める。久しぶりに O(オー)氏邸を見ようと S を誘うと、
長年、空家のまま鬱蒼としていた庭木や草むらが全部刈り取られ、
小型油圧ショベルでお家を壊そうとしている。
 まだ腰に自信が持てないから、カメラを持たずに出てきた。でも義母
から借りっぱなしのPHSがある。
 「これで撮って」と S に渡す。機種が古く画質は粗末、でも撮らない
よりいい。ショベルカーで壊す人と、トラックからホースで水をかける人、
彼らの仕事の邪魔こそしないが、二人とも視界に入らないかのように、
破壊されてゆく O(オー)氏邸に見入る。木造は、あっけないほど簡単に
玄関の外壁がつまみ上げられ、壊されてゆく。
 もう夕方が近いし、11日は休日だから作業しないだろうと、今日、
ふたたび撮りに行った。

 15年くらい前だか、S がひとりでこの界隈を撮っていたとき、たまたま
門のところに O(オー)氏が出てこられて、低い石の門の鉄柵越しに30分
くらい、立ち話したそうだ。

 O(オー)氏の父(たしか画家だったと S は聞いた)が設計して建てた
木造住宅で、O(オー)氏は帝国ホテルの取り壊し反対運動にも参加され
たが、
 「イギリスに行ったことがあるけれど、いやあ、木(の建物)は石には
かないませんよ」と、自宅の保存は諦めていらっしゃる様子だったという。

 S の一家が越してきた1957年にはすでに建っていて、義母は『ヘンゼル
とグレーテルのお家』と呼んでいた、スタイルのある洋館だ。

 黒いペンキ塗り下見板張り、天井が高く、屋根の勾配はゆるやかだが、
天井板は張らずに、小さな格子組天井を見せ、長方形の建物の長辺に
自然木らしい曲がった細めの丸太が通っている__これは壊されたから
見えるのだが。
 上部に逆三角形(このお家の装飾モチーフ)をあしらった縦長の雨戸に、
押上式の窓。覗き込むと、窓の奥の窓、と見えたのは洋服箪笥の左側に
鏡が張ってあり、そこに手前の窓の上の方と、向かいの家の外壁が写り
込んでいた。
 障子が見えたから、奥には和室もあったのだろう。家の真中に、窪んだ
玄関部分。左右が出っ張っている。この右側がおそらく客間として最初は
使われていたのではないだろうか、文化住宅的に。厚手のどっしりした
カーテンが色褪せてかかっている。
 左手の窓には赤い粗めチェックのカーテン(カジュアルだから居間に続く
お部屋かしら?)。奥との境に、部屋を仕切る天井からの小さな壁面が下りて
いて、横長のエジプト柄ゴブラン織が張ってあった。

 「古くてすきま風がひどくて大変ですよ」と、O(オー)氏は仰っていたらしい。

 今までにも何度か写真を撮ったのだが、いつも午後の散歩で逆光がひどく、
夏は草木が生い茂り過ぎて建物が撮れない。一度、右裏手の写真を載せた
だけだと思う。

 今日撮った写真は後日。

2月13日に続く~





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by byogakudo | 2015-02-11 18:50 | 雑録 | Comments(0)


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