2015年 02月 28日

(3)半藤一利「それからの海舟」読了

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~2月27日より続く

 日本近現代史にも弱いので、西郷隆盛は鹿児島に帰ったまま、
西南戦争になるとばかり思っていた。そうじゃなくて、明治4年に
戻ってきて薩長土3藩による明治天皇の御親兵を組織し、廃藩
置県の実現に当たって、実施手順さえついているなら、暴動が
起きても鎮圧する、と応えている。2年4ヶ月後には下野するが。

 読んでるときは文章の流れや勢いで納得してきたが、書き写して
みると、やっぱり腑に落ちない。あの西郷が引受けたのなら大丈夫
って周りの人たちが思うのが分らない。日本語で言う"人物"という
ことなのだろうが、それが分らないのよ。

<西郷の理想とする儒教的哲人政治は、一糸乱れぬ官僚的な政治
 指導体制とは相容れぬものであったかも知れない。西南戦争は、
 大久保を頂点とする官僚的行政体制にたいする西郷の最後の
 「文化革命」という形をとった。
  [中略]ひとりの政治家の名が自然と浮かんでくる。毛沢東その人。
 武断主義、軍事戦略の天才、農本主義、経済オンチ、人々を魅了
 するカリスマ性、そしてたえざる「文化革命」への希求と、西郷
 との共通項をひろっていくと、妙な気になってしまう。>(p191)
 毛沢東...にも興味が持てない...。勝海舟は西郷隆盛をとても信頼
しているのだが。

 岩倉具視、大久保利通、木戸孝允たちが外国に視察に行ってる隙を
ついて、西郷隆盛は旧大名の大赦を断行(徳川慶喜を従四位に、松平
定敬・松平容保・板倉勝静の「お預け」免除。)、旧幕臣の赦免
(榎本武揚は牢屋から出されて親類お預け、永井尚志・大鳥圭介は
釈放後2週間で役人に登用)、したようである(p201)。__ふーん、
政治的な実行力もある。

 征韓論も、最初は反対派だった。征韓論は、
<国内の不平不満や反政府運動を抑え込むためには、外交問題に目を
 向けさせ、外征で余計な力を削いで政府の力を強めるという深い思惑>
から出たものだったが__戦争を始めるきっかけは、いつも同じだ__、
政府高官が豪奢な生活に溺れている間に、旧士族たちは没落の一途を
たどっている。この事態に耐えられない
<永久革命家である西郷は、士族らを救済するために、つまり内治のために、
 こんどは征韓に賛成する側に回ったのである。>(p220)
 ここで諦めて征韓論に回る? 分らない。

 明治維新史を多少、知った気はする。

     (半藤一利「それからの海舟」 ちくま文庫 2008年6刷 J)

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 ところで、政治家に求めるのは"強いリーダーシップ"と答える人がいる
けれど、その中身を考えて言ってるのだろうか? たんに、あなた任せ、
政治の観客でいたいから、ではないかしら? 

 夕刊が来たようなので取りに行ったら、「幸福実現党」なるカルト
集団のチラシも入っていた。
集団的自衛権の行使容認で/アジアの安定に貢献を>ですってさ。
 馬鹿はすぐ調子に乗って騒ぐ。

 中谷元・防衛相の文官統制に関するやりとりは、
<記者 「文官統制の規定は軍部が暴走した戦前の反省から作られたのか」
 中谷 「その辺は、私、その後生まれたわけで、当時、どういう趣旨かどうかは
 分からない」>(東京新聞 2015年2月28日朝刊)
 その頃はまだ生まれてないから分からない? 57歳にもなって、小学生以下の
低能な返答である。

 辻本清美の安倍晋三への質問のやり方も、ほんとに下手だった。
 何月何日、二人の拘束が分かった。その後、何月何日、安倍晋三は何々を
していましたね? 以下、日付と安倍晋三の行動のところを変えて、同じ質問を
繰り返し、何度でも席から立たせて、すべてに「はい」と答えさせるべきだった。
 ひとつの質問の中に安倍晋三の全行動と非行動を入れるのではなく、安倍晋三
が何もしなかった(余計なことをしてくれた)事実を、際立たせる質問方法を取る
べきだ。時間がなくて、このやり方ができなかったかもしれないが、ハリウッドの
法廷もの映画に出てくる弁護士や検事が、陪審員の頭に、加害者の無実性や非情さ
を刻みつけるときの質問方法を学んだらいい。
 質問の最後を、子ども(国民)が誘拐されたのに親(首相)が遊び回ってて
いいのか、みたような演説で締めるのも、最悪だ。個人と国家とが、親子関係
の延長上にある? 馬鹿な浪花節だ。いつまで田舎政治をやるつもりだろう。





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by byogakudo | 2015-02-28 17:34 | 読書ノート | Comments(0)


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