猫額洞の日々

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2015年 03月 09日

絆は軛である

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 未亡人は独身者である。独身女である未亡人が、既婚の男とつき合うと、
結婚の契約関係下にある男が非難されないで、彼女が非難の対象になる。
なぜだ?

 結婚は契約関係である。互いの忠実を求め合う、死が二人を分つまで。
片方が死ぬと、結婚の契約は自動的に解除される。筈である。
 未亡人は彼女が死ぬまで独り身を通し、亡き夫に忠実であることを求め
られるのだろうか? なぜ?

 ハンフリー・ボガートの死後、ローレン・バコールはシナトラとデート
した。やはり非難された。が、彼女は、自分が落ち込んでいるより元気で
いることをボガートは好むだろうと、デートを続け、人目を避けなかった。

 男の政治家が死亡すると、子どもがいれば跡を継いで政治家になり、
いなければ未亡人が跡を継ぐ。なぜだ、と白々しく訊ねよう。なぜなら、
政治家がまるで商売であるかのように、家業として継続されていくのに、
誰も何も言わない今の日本が不可解だから。
 侍の子どもが侍の跡を継ぐというような、親の身分が子どもの身分を
決定する状況は少なくとも明治維新で、四民平等として解消されたのでは
なかったか?

 権力にはそれを取り巻く集団ができ、段階を成しながら互いに重なり
合う部分のある、利益の集配システムが構築される。システム維持の
ために政治家は世襲制をとる。
 若様が殿様の跡を継ぐために、殿様の妻や妾である女が、男の子を産む
ことを要求された近世と、あまり違いはない。ひとはシステム維持のために
存在する。

 さて、中川昭一の急死後、政治家としての適性を考慮されることもなく、
後援会組織の要請だったのだろう、たぶんね、中川昭一の未亡人・中川
郁子は政治家になった。中川昭一の政治家としての適性だって、考慮判断
されたとは思えないので、権力の周囲にある後援会組織は、本能的に彼らが
当然と考える行動をとっただけであろう。

 そして安倍・ピーヒャラ・晋三政権下、未亡人・中川郁子(独身・56歳)
は農水政務官になり、自民党の門博文・代議士(既婚・49歳)とデートして
いる写真が公表され、非難されている。
 路上でキスするのは法律に反する行為なのか? 男が年下の既婚者なのが
いけないのか? 結婚の契約に違反した男に対する非難をまだ目にしないが。

 東京新聞の『週刊誌を読む』というコラムを毎週・日曜、篠田博之・月刊
『創』編集長が書いている。この件に関する週刊新潮の記事の要約紹介は
__
< 中川議員のスキャンダルは、妻子ある自民党の男性議員と路上でキスを
 している場面を隠し撮りしたものだ。
 [中略]
  記事によると、自民党の同じ派閥に属するふたりの議員のうわさは以前
 から関係者の間でささやかれていたそうだ。[以下略]>
(東京新聞 2015年3月8日付け)

 <妻子ある自民党の男性議員>と、門博文の名前を省略するのはなぜだ?
<門博文>の名前・3文字を書き入れても、文字数は十分にありそうだが。

 webで読んだ記事によれば、中川郁子と門博文は外で会うだけでなく、
政務官室で何度も二人きりで1時間以上過ごしていた、という証言がある
そうで、それが事実であるならば、問題だ。たとえ仕事上の話し合いだった
としても、公務の時間中に、誤解を招くような行為は避けるべきだろう。
税金を使って仕事をしているのだから。
 しかし、もしこれが逆で、門博文(既婚者)が農水政務官であったなら、
年上の女性(未亡人)議員との不倫ということになり、政務室に二人で閉じ
こもろうと、これほど騒がれはしなかっただろうと、容易に想像できる。

 配偶者に死なれた後の、男の恋愛や再婚と、女の恋愛・再婚とは、別標準
になるものだろうか?
 夫が死亡した妻は、かつてのインドの風習・サティーのように、死者とともに
棺に横たわり、火葬炉に運ばれるのを(誰かに)望まれるのか? 乃木希典の
妻のように、夫の殉死のお供を強要されるのか? それらの強制の手前にある
のが、あくまでも貞淑な未亡人像ではないのか?





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by byogakudo | 2015-03-09 17:17 | 雑録 | Comments(0)


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