2015年 03月 11日

四年後

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 すべては移りゆく。変わらないでいるものはない。サルトリイバラと絡み
合う枯れたアジサイのうつくしさにうたれた阿佐ヶ谷住宅は失われ、週に
二回、月曜と金曜に休んでいた店を閉じ...四年前の金曜日も歩いていた。
 毎日が歩き回れる日になった今、それぞれに不具合が出やすくなり、月日
が過ぎる。

 バスを待っていると、工事現場に向かうトラックやミキサー車が頻繁に通る。
部屋の近所でも大型集合住宅が建設中だ。一時的に薄暗かった街も、以前に
増して煌煌と明るい、ようだ。夜は出かけなくなったので、TVの天気予報で
見る、東京の市街地の夜景だが。

 原発が停止していても街は明るい。変わらないのは、東京以外の地域で作ら
れる電気を消費する構造だ。

 なぜ原発を使うようになったのかと友人に聞かれた、或る東電関係者によれば、
原発機器とそれを動かすシステム一式をアメリカから押しつけられ、使わざるを
得なかったのだということである。オフでの話だから真偽のほどは分からないが、
もし事実だとすれば、今の憲法がアメリカの押しつけだから変えるというなら、
同じように押しつけられた原発もオスプレイも沖縄の米軍基地も拒否するのが筋、
ではないか。

 壊れた原発では、作業員が被爆しながら作業を続ける。ピンハネまでされている、
と聞く。汚染水は海を汚し続けているのに、フクシマはアンダーコントロールだと嘘を
ついて、オリンピックを日本に招く。バス停で見かけるトラックは東北行きではない。

 原発を稼働させれば、処理も処分もできない放射性廃棄物をさらに産み出すことに
なる。地方を疲弊させて、耐えきれなくなった小さな市町村に処分地受け入れの手を
挙げさせようという魂胆が見える。

 フクシマで、安全幻想は終わったのに、原発は目先の利益を関係者にもたらすので、
輸出までしようとしている。武器商人みたようなことを、というのは決定的非難の言葉
であったが、武器輸出三原則なんぞ知ったことじゃない安倍・ピーヒャラ・晋三の類い
には悪口として通用しない。社会福祉や医療費を削るなら、オスプレイ予算も削除する
のじゃなくて? "アメリカの意向には逆らえない"という言い訳を都合よく使い分けて
いる。

 四年後の今朝の新聞に、内閣府による政府公報が掲載されていた。
<国民の皆さまへ>と黒地に白抜きの横書き文字で、本文は、
東日本大震災で犠牲となられた方々への追悼をお願いします
 3月11日、国立劇場で、政府主催の「東日本大震災四周年追悼式」
 が行われます
。犠牲となられた方々に対し、職場やご家庭などで、
 発災時刻の午後2時46分から1分間の黙とうをお願いいたします。>
と、縦書きされる。

 発災時刻? たしかに大災害が起きて緊急事態が発生した時刻ではあるけれど、
この政府公報やTVの追悼特集を目にすると、いつも違和感がある。死者を忘れ
ないための儀式が、ふだんは忘れていられるための操作にすり替わってしまった
ような感触だ。
 生き延びたけれど、結局は"自己責任"で生活を建て直せと言われているに等しい
人々を忘れるための、追悼儀式。3・11を季語のひとつに押し込めて、去勢された
文化的な範疇に抑え込もうとでもしているかのような空気。





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by byogakudo | 2015-03-11 21:11 | 雑録 | Comments(0)


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