猫額洞の日々

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2015年 03月 23日

(2)ジョージ・バクスト/藤井ひろこ 訳「ヒッチコックを殺せ」読了

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~3月21日より続く

 帯には<追いつ追われつのアクション劇>とある。逃走劇ではあるの
だが、<追いつ追われつ>のスリルはあまり感じない。登場人物のひとり
が、どの事件も途中で手がかりが切れたり、他の事件との関連が見つ
からず、
<宙ぶらりんでぶら下がっている糸を織りこむことができない>(p214)
と表現するが、ヒッチコック映画のサスペンスを文章にすれば、こんな
感じであろうか。

 第二次大戦直前、イギリスにはドイツのスパイが紛れこみ、ドイツでは
イギリスのスパイが活動中。現役のスパイだけでなく、引退同様の元スパイ
も登場しての戦争前夜のスパイ合戦は、ヒッチコック映画のプロットその
ものだ。その真っ只中にヒッチコック夫妻も登場し、パニックも起こさず、
悠々と(そう見える)しのいで行くけれど、ある程度、ヒッチコック作品を
見ていないと、これはどの映画のシーンかとか趣向がわからなくて、たんに
ドタバタした物語に思えるかもしれない。Celebrity Murder seriesの他の
作品も、同じような翻訳をためらわせる点があるだろう。それにしては、
今でも英語版やドイツ語版のハードカヴァやペーパーバックが出ている
ようだが、日本では文化的な連続が保てない例のひとつに、これもなる
のだろうか。いや、紹介途中で放っておかれたから、ジョージ・バクストは
忘れられただけか。

 国粋主義にトレンド変換が起きているらしいが、日本らしさは、外国の文物
を取り入れるときの手つき、アレンジ手法に現れるもので、外を排撃すると
中も窒息する構造である。中国大陸から朝鮮半島を経由して漢字を輸入し、
そこからひらがなやカタカナを作り出し、かなりの思考が可能な今の日本語
になった。コンピュータ関連や現代思想系の日本語はどうだ、と言われると、
日本語化への途上にある状態であろうが。

 ジョージ・バクストに戻れば、今なら、webと連動させて翻訳・出版する
手もあると思うが。つまり、たとえば「ノエル・カワードを殺せ」と題して
刊行する前に、ノエル・カワード・トリヴィア集とでも名づけて、彼に関する
情報・知識を日本語でwebに載っけておく。読者がまず、それら背景を読んで
おけば、本文のアレンジやほのめかしなども理解できて、楽しめる(?)の
ではないかしら、と考えるがしかし、翻訳ものを読まない層が大勢を占める
今の日本国では無駄だろうか?
 大部の脚注集を付録につけなくてすむやり方であり、費用の少ないキャン
ペーンも兼ねられるし、悪くない(と自賛する)。

 『第一章』でヒッチコックは、第一作「快楽の園」を撮っている。まだ無声
映画の時代であるが、セットの
<片隅では、アメリカの女優にムード音楽を聴かせるために雇われた三人編成
 のバンドが音合わせをしていた。ピアニストが一人にバイオリン奏者が二人の
 バンドである。>(p16)
__ここで作られた楽曲が無声映画の上映の際にオーケストラで奏でられたり
するのかしら? 日本で上映するときはさらに弁士もつく。

 映画のプロットの織りこみ方が巧みで、サーカスのサイドショーの畸形たちに
襲われたりもする、楽しく読めるメタ・ミステリだ。

     (ジョージ・バクスト/藤井ひろこ 訳「ヒッチコックを殺せ」
     講談社インターナショナル 1987初 帯 J)


(1)ジョージ・バクスト/藤井ひろこ 訳「ヒッチコックを殺せ」
(2)ジョージ・バクスト/藤井ひろこ 訳「ヒッチコックを殺せ」





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by byogakudo | 2015-03-23 15:31 | 読書ノート | Comments(0)


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