猫額洞の日々

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2015年 03月 27日

坪内祐三「靖国」1/3

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~3月26日より続く

 スローペースで坪内祐三「靖国」を読む。ときどき引っかかる。

 坪内祐三の相対化への姿勢は理解できる。

<靖国神社から下町を伺う大村の視線も、松原を始めとするスラム
 探訪記者たちの視線も、それほどかけ離れたものではなかったの
 かもしれない。
 [中略]
 「松原の心をゆりうごかしたのは、明治国家によって公認された立身
 出世主義の価値が、実存的な価値に顛倒(てんとう)するユートピアと
 してのスラムなのであった」
 [略]
 明治初期のジャーナリストたちの多くが、挫折(ざせつ)した為政者
 だったことは良く知られている。つまり彼ら、為政者を目指した
 人びとは、本当の為政者たちと、コインの裏表だった。一般庶民を
 指導しようとする意識において。つまり大村が、左手に持つ双眼鏡の
 向うに見ようとしたものも、一種のユートピアだったのだ。果して
 それが住むに適したユートピアだったのか、いなか、私には、にわかに
 判断がつかないけれど。>(p59~60)
__この辺は了解。

<しかし私は、大村を、その銅像を、銅像が左手に持つ双眼鏡を、
 百パーセント否定しようとは思わない。
 [略]
 ごく普通の下町の人びとの中に、大村の銅像が建つことを楽しみに
 していた人間が数多くいたことを知っているからだ。>(p60)

 と述べて、錦絵に描かれた、新しいものを喜ぶ庶民の姿等を紹介する
辺り、わたしが左巻きにイデオロギッシュなので疑い深くなるのだが、
ここらの書きっぷり、思考を誘うに充分な時間をとらずに、人々はとにかく
喜んだのだと述べているように感じられて、いまいち、納得しにくい。

 靖国神社の例大祭が毎年四回、季節ごとに繰り返されることによって
<一つの歴史性を帯びて行く。そしていつの間にか、その起源があいまいに
 なり、神話的世界と結び付く。伝統的と思われている物の多くが、実は
 近代になって新たに人工的に創り出された物である[中略]
 「伝統の創出と見なされているものは、単に反復を課すことによってという
 ことかもしれないが、過去を参照することによって特徴づけられる形式化と
 儀礼化の過程のことである」。>(p69)

 上記に続く箇所が、ピンと来ない。
<私たちはその「反復」の中にしか私たちのリアルを探し求めることは
 出来ない。つまり先の「英霊」たちの母のように、その「伝統」に何の
 疑いも持たずにのめり込むのではなく、その「伝統」がウソであること
 を心の半分では知りながら、残りの半分でその「伝統」を信じ込もうと
 すること、そこにしか私たちのリアルは残されていない。>(p70)
__この展開が、急ぎ過ぎに感じられ、読み進めるのをためらわせた。

 <「英霊」たちの母>というのは、1937年の日中戦争で戦死した息子
を持つ老いた母たちの座談会の引用で、息子の死を名誉とありがたがって
いる、不気味な記録である。

森川 あの白い御輿(こし)が、靖国神社へ入りなはった晩は、
 ありがとうて、ありがとうてたまりませなんだ。間に合わん子をなあ、
 こないに間にあわしてつかあさってなあ、結構でござります。
 村井 お天子様のおかげだわな、もったいないことでございます。
 [中略]
 中村 私らがような者に、陛下に使ってもらえる子を持たして
 いただいてな、ほんとうにありがたいことでことでござりますわいな。
 [以下略]>(p27)

 <その「伝統」がウソであることを心の半分で>知っているなら、残りの
半分で、それでも「伝統」信仰に生きる人々がいることを眺め続ける意志を
もつ、っていうのが、わたしの場合の<リアル>かな? 彼の論旨とズレた
感じ方だけれど。

     (坪内祐三「靖国」 新潮文庫 2004年5刷 J)
 





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by byogakudo | 2015-03-27 18:07 | 読書ノート | Comments(0)


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