2015年 03月 31日

坪内祐三「靖国」読了

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~3月30日より続く

 伊藤為吉と高橋由一のことが、いちばん面白かったかしら。

 高橋由一から先にノートしておこう。花魁をくそリアリズムで描いて
みせた、大胆な日本の洋画家と認識していたが、もっとプロデュース
感覚のある、というより興行センスのある、なるほど幕末から明治の人
らしい実業的性格を持つひとだった。

 高橋由一は招魂社内に「展額館」を建てるべきだと、具申する。
 絵画が未だ、美術でも芸術でもアートでもなく、"見世物"の側面が
強かったころ__明治4年(1871年)5月14日から7日間、招魂社
境内で開かれた「物産会」に高橋由一は、<ナイヤガラ瀑布>や
<ヒマラヤ山>などの油絵を出品した。まさにspectacularな作品で
あっただろう。__、身分の上下、趣味の高低を問わずに集って、
"見世物"を楽しめる施設を作るべきではないか、と。
 その述べるところは、木下直之が「美術という見世物」の『第八章
甲冑哀泣』で言うように、

<「微に入り細をうがち、展示する絵画の図柄、大きさはもちろん、その
 説明板、図録などの製作方法、はたまた現代でいう学芸員からガード
 マンの役割分担までも指示し、招魂社境内に展額館を建設することが
 あたかも具体化されているような印象を与える」(p141)

 このアイディアは実現されなかったけれど、他の試案もあるそうだ。
 招魂社のある九段界隈を東京第一の盛り場にしたい、そのためには
大きな額堂を建てて大きな絵を300枚くらい掛けたら、見物客が集まる
だろうし、それを目当てに茶店や飲食店もできて繁昌するだろう、と述べ、

<霊場には必付属の遊興場あるへし 元より神前へぬかつくには 人々
 平生の苦情積欝(せきうつ)を散し精神を清くすへき筈(はず)にして 
 冀(ねがはく)は神社めくりは繁華なるに如(し)くなかるへし>(p142)

 お詣りと称して物見遊山するのが江戸からの(近世からの)伝統として
あったのだから、それを使わなくっちゃ、という姿勢で、これが貫かれて
いたら靖国神社の印象がどんなに明るくなってたことか。
 といっても、第二次大戦と後始末のヘマさは、靖国神社から招魂社・性
をほぼ永久に失わせたのではないか。

 「展額館」ならぬ「遊就館」を設計したのが、お雇い外国人、ジョヴァンニ・
ヴィンチェンツォ・カペレッティ。彼の「遊就館」は、北イタリアの城塞を
思わせるロマネスク様式で、競馬やサーカスのテントも張れる、娯楽性の
強い広場の印象をさらに強める効果があったようだ。

 高橋由一とカペレッティは親しい友人同士であり、カペレッティのサンフラン
シスコでの弟子が伊藤為吉と矢田一嘯。伊藤為吉の息子が伊藤道郎と千田是也で、
ふたりは老親の金婚式を祝して、九段の軍人会館(九段会館)で、イェーツ
「鷹の井戸」を演じる。

 『第九章 軍人会館と野々宮アパート』は、方やキッチュな帝冠様式、此方、
清楚なモダーニズム建築(インターナショナル様式)と、互いにそっぽを向く
ようなスタイルで九段坂を挟んで向かい合っていたが、日本のモダーニズムが
軍事と離れがたい産物であることを図らずも証明するような出来事が、ここで
語られる。
 サロン的性格を持つ野々宮アパートに集まった人々の中から、モダーンな写真
雑誌「光画」が生まれたように、陸軍参謀本部の対外宣伝雑誌「FRONT」も同じ
人脈で作られ、空襲が激しくなると、「FRONT」の出版社・東方社もまた、野々宮
アパートに越してくる。"Dead Ringers"=クローネンバーグ「戦慄の絆」の原題
を思い出すような象徴的事態だ。

 「FRONT」は、美術部主任が原弘、写真部主任が木村伊兵衛、理事に林達夫、
岡正雄など。大東亜建築に貢献した建築家は誰も戦争責任を問われることなく、
戦後も活躍したという話を伺ったことがある。同じことがグラフィックアート
や写真の部門にも起こり、それならなぜ藤田嗣治はひとりで美術界の責任を取ら
されたのだろう?

     (坪内祐三「靖国」 新潮文庫 2004年5刷 J)


 わたしは九段会館が好きだった。小雨もよいの午後にXTCを聴くにふさわしく、
汗を拭くのと、飲み物を置いた床を拭くのを、同じタオルでやるトム・ヴァーレイン
を見るに愉しい。大金持ちになることがあれば買い取りたい物件だったのに(お金
だけでは無理だが)、招魂社界隈の短い歴史を知れば、あれらは適切な会場設定
だったと思う。

 明治維新を1868年とすると、第二次大戦での壊滅(1945年)まで、たった77年だ。
そのあと1991年までの46年間、ひたすら戦後復興と経済成長に明け暮れ、それ以降、
24年間、貧富の差がつのる。
 貧乏人同士を争わせることで目を逸らさせ、好き勝手なことをする安倍晋三・
独裁政権が今日も続く。





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by byogakudo | 2015-03-31 22:22 | 読書ノート | Comments(0)


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