猫額洞の日々

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2015年 04月 07日

小林信彦「和菓子屋の息子_ある自伝的試み_」読了

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~4月4日より続く

 オーセンティックな下町、日本橋区米沢町の和菓子屋・立花屋本店の
跡取り息子と、山の手、赤坂区青山南町の歯科機具工場、高宮家の娘と
の間のハイブリッド、小林信彦の目に映った戦前の下町の生活__
<<アパーミドルクラス商人の生活>>(p139)と、その崩壊が記される。

 強調されるのは、
<テレビ、雑誌、情報誌にはびこる<にせの下町>幻想への違和感である。
 <懐(なつ)かしの下町>では<人情あふれる庶民>が<べらんめえ口調>で
 語り合っているといった奇怪な幻想>を打破する姿勢だ。
<品物を売ってお金をいただく商人が、喧嘩(けんか)口調でものを言う
 はずはない。(ただし、成功した商人で、もとは職人というケースも多い
 から、いちがいには言えないが。)生れてから二十歳で両国を離れるまで、
 ぼくは<べらんめえ言葉>を耳にしたことは一度もない。>(p12)

 フランスの"プチブル"がお金持ちであるように、戦前日本(東京)の
"アパーミドルクラス"もお金持ちだ。(1939年、世間はきなくさくなって
きても、老舗はまだ平穏である。葉書が2銭の時代に、信彦少年は5円の
虎のぬいぐるみを欲しがり、遂に手に入れる。)
 しかし商家の食事は質素である。

<番頭、小僧、職人、女中が少くとも十数人はいたはずだから、主人側の
 家族だけがうまいものを食べるわけにはいかない。どういうおかずが
 出たか、女中は主人側と奉公人の双方の食卓を知っている。大差のある
 ものを食べてはまずい>(p17)、1931年頃の商家の生活だ。美食は外で
する。
 核家族化の進んだ現在、住込みの他人が一軒の家に雇い主一家と同居し、
仕事をする生活形態が、どれほどのリアリティを持ってイメージできるか、
ちょっと心もとないけれど。

 また、"家長"の存在については、どうか? 八代目の死後、小林=高宮両家
を束ねる"家長"的存在は戦後、1954年に数え年82歳で死去した高宮信三だ。
小林信彦の母方の祖父である。
 記録マニアであり、子どもの結婚によって関係の生じた小林家のできごとを
記録し、ノートにまとめていた。結婚式の献立表から、外孫・信彦少年からの
葉書から、外地からの電報から、なんでもファイルしてある。

 家長は、一族を統率し、面倒を見る立場にある。八代目が戦時中も生きて
いたら役割分担ができただろうが、二つの家族から頼りにされ、ひとりで両方
に気を配らなければならない。結婚したい子どもがいれば相手を探し、縁談を
まとめ、その他、何かあれば統率者として対処し、もめ事ならば解決策を示し、
それに従わせ、二つの家をいわば背負って立つ。
 いまどき、これだけの責任を引き受けられる存在って考えられるだろうか? 
それ以前に、みんな、こんなに濃密な親戚関係に耐えられるだろうか?

 心もとないことは、まだある。
<代々、家つき娘に婿(職人)をとるスタイル>(p16)が、若いひとに分かる
かしら? 今でもそういうお家(うち)は多少あるかもしれないが、家業の
継続性を図る、江戸時代から続く方法、婿養子システムだが、自分も婿養子
であった立花屋・八代目はこれを採らず、息子を九代目にして嫁をもらう。
 和菓子職人の腕がない、自動車修理工場経営が夢の息子が九代目を継いだ。
小林信彦の父である。

< 昭和十年に祖父[注:八代目]が死んだ時、集まった人々はぼくの父が
 死ぬまで遊んで暮せると噂(うわさ)していた>(p268)
 あの戦争がなければ、(今のような形での)小林信彦という作家は存在せず、
享保年間創業の老舗の和菓子屋、立花屋・十代目が、ときにコラムや小説を
書く生活をしていたのかもしれない。

 敗戦後、商人に不向きな、というより"旦那"としてのつき合い(渉外)仕事
以外、無理みたいに思える、趣味人の九代目は苦闘の末、50歳で死去する。
父方の親戚は頼りにならないどころか、
< 母、ぼく、弟はのべつ、高宮家に行っている。
  小林サイドの親戚を見限ったせいも、大いにあるだろう。>
< 父の死を心から悲しんでくれたのは、昔の奉公人たちだった。彼らは
 それぞれ、地方の生菓子屋の主人として景気がよく、心の余裕もあった。
  そして、最も悲しんだのは千葉県の行徳(ぎょうとく)に住む父の乳母だった。>
(p270)

< 庇護者を失うと、周囲の態度が一変する。風当りが強くなる。やり手だった
 祖父への反感をぼくに叩(たた)きつけてくる者さえいる。
  とにかく、ぼくはやたらに頭を下げるか(それが長男のお仕事だ)、無表情で
 いるしかなかった。>(p271)

 「ジャズで踊って リキュルで更けて」いたモダーン日本の構成要素、"アパー
ミドルクラス"の、永遠に失われたライフスタイル史である。

     (小林信彦「和菓子屋の息子_ある自伝的試み_」 新潮文庫 1996初 J)





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by byogakudo | 2015-04-07 20:27 | 読書ノート | Comments(0)


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