2015年 06月 17日

戦争法案に反対する

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 戦争法案反対の意思表示をしよう。学者でも研究者でもなくても、
市民でさえあれば、「安全保障関連法案に反対する学者の会」
賛同を表明する署名ができます。

 SEALDsメンバー紅子さんによるスピーチ全文掲載が掲載された
サイトを読む。60年安保や70年安保のときも、若い女性が政治的
発言や行動をとると、反撥されたことを思い出す。

 反撥は男からだけでなく、むしろ同世代の女たちからのほうが
強かったかもしれない。60年のとき女子大生だった或る女は、
デモに参加する同級生たちを評して、
 「あれは男友だちに影響されてるだけよ」と、吐き捨てるように
言った。

 戦後の"駅弁大学"ブームではあれ、今の"コンビニ大学"に比べれば、
まだ同年代では大学生であるほうが少なく、女の高等教育は短大くらい
までが好もしい、4年制を卒業すると、すぐ23歳。いき遅れになりかねず、
女が結婚するにふさわしい年齢は24歳まで、と暗黙に決定されていた時代
だった。(女性が大学院まで気軽に進めるようになったのは、1980年代
以後の話である。)

 そんな時代に女子大生だった彼女は、親や周囲の意向を感受し、期待に
沿うよう振舞っている、振舞うしかできない自分自身に苛立ちながら、
政治的行動という形で"世間"に反抗する同世代の同性たちに、憤懣を
ぶつける。
 あたしはいい娘であることしかできないし、だからそれを演っている
のだけれど、なによ、あのひとたち、あたしと同じような育ち方をして
きたのに、なんで大人しくそれができないの! と怒るべきは"世間"なのに、
うらみつらみ、ひがみそねみねたみの矢を同性・同世代の反抗者に向ける。

 70年安保でも心性は変わらない。2015年、変わらない。怒るべき対象は
安倍晋三・政権なのに、同世代のデモ参加者たちを馬鹿にすることで自己
証明(何に向かってなのか理解不能だが)しようとする若い人々が目につく。
 不毛である。

 文部科学相・下村博文が国立大学の学長を集めて、
 「国旗と国歌の取り扱いについて、適切にご判断いただきたい」と、やった
そうな。
 「最終的には各大学が判断されることで、大学の自治や学問の自由には
全く抵触しない。お願いしているだけで、介入ではない」と強調したそうな。
 普通の市民感覚では、予算配分権を持つサイドからの"お願い"とは、
ゆすりたかり、恐喝(カツアゲ)、脅迫__シノギの世界である。学長たちも
何をのこのこ出席したのか。

 今夜も安倍晋三・以下同類・政権を呪ってから、寝に就こう。





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by byogakudo | 2015-06-17 19:58 | 雑録 | Comments(1)
Commented by saheizi-inokori at 2015-06-18 13:31
60年安保のときは自民党議員の秘書を暴力団と入れ替えてデモ隊に向かわせたそうですね。
岸の牢屋での盟友、児玉が女子の多いデモ隊に右翼を突っ込ませもした。
戦争・右翼・暴力・無法、、重なり合うところが大きいです。
女性がいつも最大の被害者になる。


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