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猫額洞の日々

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2015年 06月 18日

高峰秀子「人情話 松太郎」読了

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 あんなにいい女優だったのに、つまんない文化人になってしまった
高峰秀子が、
<川口松太郎先生独特の「江戸前のべらんめえ口調」を残したい>
(p206)と願ってインタヴューし、出版された聞き書きである。

 高峰秀子は5歳のころから子役として一家・一族を養う苦労を重ねて
きたが、浅草・今戸に生まれた川口松太郎も実の両親を知らず、育てて
くれた養父母とも14歳以後は離れ(「口べらし」のために放り出され)、
ひとりで生きてきた。
 様々な仕事をしてきた中に露店の古本屋があった。

<   そして十四歳のときに古本屋を開いたわけですね。でもまた、
    どうして古本屋がよかったの?
  「本が好きだった、ということもあるだろうね。新しい本が買えない
 から、しょっちゅう古本屋へ行ってたんだ。その内に古本屋のじいさん
 と仲良くなってさ。店はできないから夜店でやりたいけど、古本屋をやる
 にはどうしたらいいか、って聞いたんだ。いろいろ教えてくれてねぇ。とに
 かく和泉橋の古本市場へ行って残本を買ってこい、というところからはじま
 ったんだ」
    表紙のとれた本とか、屑本ですね。
  「そうだ。市に行くには古物商の鑑札がいるからね。市がすいたあとで
 余りものをなァ、荒縄で縛って一山いくらで売ってるんだよ。それを二つ
 三つ買って古い乳母車に乗っけて浅草へ行った。あのころはどこへ店出して
 もよかったんだな」
    でも、幾らかのショバ代はあったんでしょう?
  「あ、電気代ってのがあった。それまではアセチレンガスだったけど、
 浅草に電気がきてね、雷門の身内の者(もん)が電気代を取りに来たっけ。
 三銭だった。
  俺のこっち側が爪楊枝でね、このくらいの木をポンポンと切って、
 小さく小さく割っていって、最後は一本一本削るんだ。あの木はなんの
 木かなあ」
    くろもじでしょ。シャキッとしていいですよ、あの爪楊枝は。
  「その削った奴をね、山のように積みあげてあって、客が買うとつまんで
 袋に入れて.....」
    汚いね。
  「汚ねぇもんだ。こっち隣が......お前さんビリケンって知ってるかい?」
    知ってる。キューピーじゃないの?
  「そんなのじゃないんだよ。金物で出来て、ちっぽけな人形だ。西洋の
 福の神って書いてあったな」
    キューピッドのつもりかな。
  「ああ、キューピッドだな、あれは......それで俺はそのビリケンと
 くろもじ屋の間が空いてたから、"ここいいですか?"って言ったら、
 "いいよ"ってんで、そこへゴザ敷いて本を並べたんだ。
  "おまえ、素人だな"、"ハイ、今日はじめてです"、"そんなこっちゃ
 全然ダメだ。俺がこしらえてやるから待ってろ"ってね。そういうところが
 下町の人は親切なのよ。どこからか古い戸板持ってきて、半分に切って、
 後ろからつっかい棒して」
    ちょっと斜めに前を低くするのね。
  「そして、桟のところへ本を並べるんだ。その中へ俺が入ってりゃ、
 なるほど店だよ」>(p37~39)

 ビリケンとキューピー(キューピッド)は別ものだ。福の神なら、ビリケン
だろう。
 川口松太郎は1899年10月1日生まれだ。<14歳>が満年齢か数えか
分からないが、1913年ころの話であろう。

     (高峰秀子「人情話 松太郎」 文春文庫 2004初 J)





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by byogakudo | 2015-06-18 20:22 | 読書ノート | Comments(0)


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