2015年 07月 06日

正宗白鳥「今年の秋」読了

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~7月4日より続く

 元版が昭和13(1938)年の「思い出すままに」の方が面白かったかな? 
 「今年の秋」の元版は昭和34(1959)年刊、文庫版はそれに昭和35、37
(1960、62)年に書いたものを加えてある。ニヒルも枯れ過ぎると力をなくす。

 冒頭の『今年の春』は正宗白鳥の老父の死を小説体で書いている。冷徹タッチ
で上手いとは思うが、近代の作家は近代の男に属するので、「冷静に距離をもって
書いてるだろう?」という自意識がちらつく。と、後代の女読者は感じる。
 「思い出すままに」の最後に入っていた『英雄論』など、ナポレオンを取り上げ、
大衆の本能的・盲目的な英雄崇拝と、その大衆を蔑視する英雄とのコントラストに
込められた苦々しさが力強くて良かったのに。

 「今年の秋」中の『小山内薫の遺したもの 小山内薫三十周年記念公演を見て』
の「ジョン・ガブリエル・ボルクマン」初演話がおかしい。たしか谷崎も(?)
荷風も(?)、幼い森茉莉も覚えている初演時の熱狂風景が正宗白鳥の手に
かかると、

<まわりの新進の文壇の人々は自由劇場に狂熱を感じていたらしかったが、
 私は自由劇場最初の翻訳劇で、日本近代演劇史に特筆されている「ボーク
 マン」[ママ]劇を面白いと思わなかったのだ。それは今日になって、わざと
 そんな事を云うのではない。「ボークマン」上演の初日に、意外の大成功で、
 終演後、劇場内の東洋軒で、俳優や関係者一同がシャンパンを抜いて祝賀して、
 歓喜にあふれたことは、今なお言伝えられているらしいが、私はその会には
 加わらなかったのだ。私は、左団次のガアガア我鳴り立てるボークマンに
 感心せず、この芝居の最後の一幕は見ないで帰途に就いたのであった。>
(p96~97)

     (正宗白鳥「今年の秋」 中公文庫 1980初 J)

 あんまり色彩のない本ばかり続いたので、昨夜からレイ・ハリスン
「ジョン・ブルの誇り」を読み始めた。ホームズと同時代に設定した
擬ヴィクトリアン・ミステリ、ピーター・ラヴゼイのクリッブ部長刑事や
アルバート・エドワード殿下と趣向を同じくしている。





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by byogakudo | 2015-07-06 16:23 | 読書ノート | Comments(0)


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