2015年 07月 13日

安藤鶴夫「寄席紳士録」再読・読了

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 たぶん古本屋に成りたての頃、読んだ一冊。哀愁あふれる変人・
奇人伝。

 『第7話 うれしうましの柳屋小半治』は、ひとを見ればお金貸して、
とギザ(五十銭銀貨)を借りる習慣で名高い柳屋小半治、という落語家
がいたそうな。

< 五十銭というところに、微妙なニュアンスがあった。五十銭となると、
 この間君に貸した五十銭ね、あれ返してくれよとは、ちょっといい憎い。
 改めて返してくれとはいい憎いが、五十銭あると、ライスカレーをたべて、
 ゴールデン・バットが買えて、お湯に入れた。或はまたお湯に入って、ゴール
 デン・バットを買って、泡盛(もり)などと申す白い酒なら、なみなみとついで
 下のうけ皿にまた盛り上ったのを、まずちゅうと片づけて、などいうのが三杯
 はのめて、ごった煮の半皿ぐらいはいけた>(p133)

 今の貨幣価値では、いくらくらいだろう。ゴールデン・バットの価値はあまり
変わらないかもしれないが、お風呂屋さんの値段は感覚的には昔より上がって
いるだろう、カレーライスは安い価格帯にするとして、800円?
 たしかに微妙で返済を求めにくい。1000円だったら、わたしは女なので、
返してっていうが。

< 戦後、寄席の楽屋にヒロポンが流行したことは凄いようだった。楽屋入りを
 すると、すぐカバンをひろげて、器用にぽんぽんとアンプルを割って、きゅうッと
 注射器にポンを吸い込むと、アルコールにひたした脱脂綿を片手でちょいと
 ちぎって、きゅッきゅッと軽く左の腕を消毒して、つッと針をさす。手早く、
 いろいろの道具をまたカバンの中に片づけて、下座(げざ)の三味線に送られて
 高座へ上ってゆく。絶えずそんな情景ばかりが、入れかわり立ちかわりみられた。
  ポン中(ちゅう)でないのはまず志ん生ぐらいなものかといわれた。アル中だから
 である。
  しかし、小半治みたいなポン中は、広い日本にもまず一人もあるまいといわれた。
 ポン中というものは、みんな自分の金でポンを買い込んで、それでポン中になる
 のに、小半治だけはまるッきり自分ではポンを買わずに、一本残らず仲間から
 ただで注射して貰ったそのポンでポン中になったというのである。>(p142~143)

     (安藤鶴夫「寄席紳士録」 旺文社文庫 1981重 J)





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by byogakudo | 2015-07-13 10:24 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2015-07-13 21:41
この本は読んだのかどうか記憶があやふやですが、この話はけっこう有名らしくあちこちで読んだような気がします。
50銭、感じとしては100円玉でしょうかね。
そういうことに徹しきれるのがタダ者じゃないですね。
Commented by byogakudo at 2015-07-13 23:42
こちらもあやふやなのですが、吉田健一も五十銭銀貨の
使いで、について書いていませんでしたか?


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