猫額洞の日々

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2015年 10月 11日

伊藤計劃「虐殺器官」もう少し

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~10月10日より続く

 まるで浅倉尚志・翻訳の英語圏SFでも読んでるときみたような
なめらかさで、生と死、「わたし」はどこからどこまでを「わたし」
と規定するか、といった実存に関わる問題が、戦争が国家レヴェルの
枠を外れ、より小さな単位の身近で悲惨な大事故のようなできごとに
なった、9・11以降の世界を背景にして記述されていく。

 日本語で書こうと英語で書こうと、SFを書く際の問題として、近未来の
設定すらすぐに現在、あるいは過去形になってしまう時代状況がある。

 ブログ「伊藤計劃:第弐位相」2004年5月22日には__
< いま「未来」を作ることは難しい。「未来」から驚きを引き出すことは
 難しい。サイバーパンク的未来がこないとわかったあとの世界で、いまの
 ところ「未来への指向」の方法論としていちばん面白かったのが「マイノリ
 ティ・リポート」だというのも情けない話だけど、それはやっぱり事実だと
 思う(小説ではスターリングがそんなことお構い無しに面白い未来をガンガン
 生産しているけど)。>と記される。

 主人公はアメリカ人(名前がクラヴィス・シェパード!)、彼は昔風にいえば
「戦争の犬」だ。9・11以後、世界各地で内戦が発生し、その影にはジョン・
ポール
と呼ばれる、やはりアメリカ人の存在がある。監視社会の網の目が狭まり、
秒単位で個人の移動が確認できる時代なのに、ジョン・ポール__ビートルズと
いうよりヨハネ・パウロだろう__はそれをすり抜け、それまで平穏に近い状態
だった地に現れて内戦の扉を開き、虐殺が始まる。但しジョン・ポールは死の福音
を説くメッセンジャーではあるが、実践/実戦には関わらない。
 大虐殺の扇動者、ジョン・ポールを追いかける毎に、戦闘行為で多数の死者を
出しながら(シェパード自身が少年や少女の兵士の虐殺を繰り返しながら)、
彼は生と死について、罪について問い続ける。ジョン・ポールのかつての恋人を
相手に、自分の身分を隠しながら。あるいはまたジョン・ポールに対面して。

 聖書が物語の下敷になっているようだが、しかし、とても日本的に思えるのが、
母と息子の物語でもある点だ。父はあらかじめの不在者だ。主人公・シェパード
の父は彼が幼いころ自殺し、母とひとり息子とが残された。
 欧米圏のSFなら監視社会を司るのは父なる権力意思でありそうだが、主人公は
むしろ母の過保護な視線の延長として、監視社会を捉えているのではないかしら?
日本的にいえば、真綿で首を絞めるような監視社会、と。

 母の領域を脱するために選んだ仕事が情報軍の兵士であり、交通事故で瀕死の
状態にある母の延命措置を止めたことが、彼を取り巻く死者たちの物語の中で、
最も大きな比重を占める最高位の罪なのだ。

 ジョン・ポールを父の代理と見るならば、シェパードがジョン・ポールの元恋人に
惹かれることは、父の女を盗る行為、エディプスの行為に連なるけれど、彼と実母の
物語に、これはどう接続しているのか。

     (伊藤計劃「虐殺器官」 ハヤカワ文庫 2010年26刷 J)

10月12日に続く~





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by byogakudo | 2015-10-11 23:40 | 読書ノート | Comments(0)


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