猫額洞の日々

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2015年 10月 31日

内田魯庵/山口昌男・坪内祐三 編「魯庵の明治」半分強

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 明治の新聞人は、つまり旧幕臣で反・薩長政権サイドであることが、
『銀座繁盛記』の『(九)新聞の発祥地__毎日の編輯室の憶出』に
記される。

<其の頃の新聞は事件の報道よりは言論の機関で、実際新聞に
 干与したものは言論界の雄たるのみならず、政治界の重鎮でも
 あったから、総ての政治的、社会的、思想的の諸運動が銀座を
 中心とする新聞社の編輯局から屢々捲起されたということは
 決して過謬では無い。>(p58)

 ボロい室内、ヨレヨレの衣服であっても、
<気位は材木屋の鳶よりも高く、昂々然として天下国家を論ずる
 処士横議の風があった。>(p58)

 新聞各紙は初めはだいたい反・薩長政権だが、営業政策上、
だんだんマイルドな論調になり、遂には第二次世界大戦中の
翼賛ペイパーになり果て、言論の自由が保障されているはずの
戦後70年の現在、両論併記で中立を装う、あるいはあからさまに
政権の御用新聞であるマスメディアを、多く見かけるようになった。
 東京新聞なぞは先祖返りかしら?

 『灰燼十万巻 (丸善炎上の記)』は、明治41(1908)年12月10日
早朝に火災で全焼した丸善のレポート(翌日記)だ。丸善百年史でも、
かなりの部分が引用されている。

 内田魯庵や長谷川如是閑の文体には、根っこに漢文と英語がある
のが感じられる。『灰燼十万巻 (丸善炎上の記)』でも、火事の跡に
呆然としながら感慨を述べ、__

<書籍は少なくとも五百部千部を印刷するゆえ、一冊や二冊焼けても
 夫程惜しくないと云う人があるかも知れぬが、日本のような外国書籍
 の供給が不十分な国では、一冊や二冊でも頗る大切である、且其の
 焼けた一冊が他日の大発明家、大文学家、乃至大建築家を作るべき
 機縁を持っていたかも解らない。何千部何万部刷ろうとも失われた
 一冊は日本文化に取っては一冊の世界的知識の損失であると、感慨
 一時に湧いて来たが、周囲の人声や履(げた)の音に忽ち消されて了った。>
(p153)

__と落とす呼吸にも、それを感じる。漢文脈のブリティッシュ・ヒューマー
と呼ぶのは、変な気もするが、なんといえばいいだろう?
 まあ(真似しようとも思わないが)真似できない文体なので、惹かれるのかも
しれない。今は原音主義が一般だけれど、この頃は英語読みが主流なので、何が
焼けたか(焼け残ったか)を問うときの__

< 『ジェシュートの書翰集は?』
  『あれは無論駄目です。あの棚のものは悉皆焼けて了いました。』>

__これも次に続く行を読んで、
<ザビール[注:ザビエルではない]初めアルメイダ、フェルナンデス、アコスタ等
 エズイット派の僧侶が>(p160)
とあるので、ようやくジェズイットと判る。

     (内田魯庵/山口昌男・坪内祐三 編「魯庵の明治」
     講談社文芸文庫 1997初 J)


 28日に書いた2本のブログを、1本にまとめた。ブログのジャンル分けが、
自分で分けてるのに判らなくなっている。





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by byogakudo | 2015-10-31 16:21 | 読書ノート | Comments(0)


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