猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2015年 11月 14日

夫婦別姓の実験をしてみてはいかが?

e0030187_2052567.jpg












 子どもを生んで育てながら仕事を続けて経済成長に寄与する女が、
安倍晋三・独裁政権の理想(のひとつ)のようだが、クリアされる
べき多くの問題を考えたことがあるだろうか。

 男女間の賃金格差、産前産後の職場での休暇制度、安心して子ども
を預けられる制度があるか__子どもを自宅まで連れにきて、母親や
父親の帰宅時刻に合わせて連れ戻してくれる、などのシステムが機能
してないと、子どもを持ち育てる以前の仕事兼経費として、個人に
被さってくるのだが__、働きながらの子育て生活を、ちょっと想像
してみただけで、社会全体のシステムと関連しているのが分かる。

 そこらをなんともしないで、「輝いてください」だの言われても、
その台詞はいつもの広告代理店から教えてもらったのか、と聞き返し
たくなる。

 お念仏を唱えていれば、ある日いつか、女性が生き生きと活躍して
__具体的に想像しにくいが、安倍晋三・輩は幻視できるのだろう。
「丁寧にご説明を」と繰り返すだけで、"丁寧"の実体が出現したと
錯覚できる脳の持ち主ばかりのようだから__、町に子どもがあふれて
後年の労働力を保証する__だが仕事の質は変わり、仕事量は減って
いる。低賃金の労働可能人口が欲しいのか?__、「日本会議」に
乗っ取られた自由民主党(と補完政党による)主権"国家"を期待して
いるのだろう。

 第二次大戦末期に、いや、そもそもから、日本は負けると分かって
いたように、安倍晋三・類いの妄想国家は実現しない。連中がこのまま
政権に就いていたら、日本はもう一度、負ける。ずるずると戦争に巻き
こまれ、国内では戦争推進派と反対派に分かれて内乱が起き(心理上
では、もうすでに内乱状態だ)、滅びる。

 経済成長物語は、敗戦で経済がマイナスだったからプラスに這い上が
ってきただけの話で、条件が全くちがう、あらゆる面で過飽和でプラトー
な状況で、経済成長物語の再生を願うのは、気が狂って頭が悪い。
 「日本会議」に支配された自民党の信仰に引きずられ、なぜ、信者では
ない大多数の市民が巻き添えにならなければならない?

 やっと本題に近づいた。澤藤統一郎の憲法日記の、夫婦同姓強制の
制度が強いた息子のジャンケン
を読んで思いついたことだ。

 民法の夫婦同姓制度は、実質的に女の側の改姓として現れている。
そこで、女性の活躍できる社会を目指すのであれば、それなりの予算も
あるだろうから、ごく一部を使って、改姓男性ヴォランティアを募り、
一年でも二年でも、彼に改姓して生きてもらう。三年くらいやってみた
方が、意識の変化がデータ化されやすくなると思うが、年齢を問わず、
既婚者と、これから結婚しようとしている男性と、二種類の志願者を
求めて、女性側の姓に改姓して社会生活を送ってもらう。改姓にかかる
諸費用は交通費などを含めて公的に支払われる。
 そして改姓がもたらす自意識、他者の視線の変化などを身体的に
理解し、レポートを出してもらう。

 厚生労働省トップの塩崎恭久なぞがリーダーシップを発揮して、いの
一番に試みてみせたら、次に続く男性も出てくるだろう。安倍晋三でも
構わないが、「日本会議」連中が大好きな"イエ"制度・信仰に抵触する
ので、実行はむずかしいだろう。でも、やら(れ)なかったら、女性が
輝く社会なんてフレーズも、口先三寸であると自ら認めることである。

 結婚したとき、どちらかの姓に統一しなければならないので、Sと
話した。Sは、どっちでもいいけれど、わたしの姓に変えるとミュージ
シャンの友だちと同姓になるから今のままでいたいと言う。同意して
彼の姓に変えたが、わたしはしばらくマリッジブルーを感じていた。
 Sは好きだし、彼の両親とも仲がいいけれど、そういう小状況の問題
ではない。日本の近代を流れる"イエ"意識という大状況が、わたしを
重苦しく取り囲むのを実感して、しばらく苦痛だった。

 夫婦別姓を望むひとたちは別姓を強要しない。ひとつの姓を選び
たければそうすればいいし、それぞれの姓のままでいたければそれが
続けられることを望むだけだ。
 子どもの姓は、と訊かれるだろう。ミドルネーム方式で、両方の姓を
持ち(たぶん最初に出てくる姓で呼ばれるだろうが)、15歳くらいで、
どちらにするか(片方の姓を選んでもいいし、両姓をひとつの姓と
見なしてもいい)自分で決められるようにすればいい。

 "イエ"意識・信者たちは、男性側のひとつの姓に統一しないと、
共同体の基礎になる"家族"や"家庭"が壊されるとか信じているよう
だが、核家族が標準になった時点で、信仰の基盤はとうに失われて
いるのではないか。

 戦前の経済システム下では、女が就ける職業が少なかったから、
女たちの多くが結婚して妻になった。妻であることは、"イエ"の
跡を継ぐ息子を生む母親になることを要請されるので、子どもを
生む。幼児死亡率が高かったのでリスクヘッジもあり、子どもの
数も多い。
 "イエ"は核家族だけで住むものではなかった。親族や他人が協同
するのも、ありふれた風景だった。夫側の両親、結婚相手が見つから
なかった、あるいは死別・離別した親戚の女たち、大家なら書生と
して田舎からやってきた若い男たちなど、他人たちを包摂する施設が
"イエ"でもあった。人手が多いから、母親は子どもにかかり切りで
接しないですむ面があった。

 いまは、ひとりの女が母親をやりながら、社会で行なう仕事のために
時間を割いて子どもを預けに行き、仕事が終わったら引き取りに寄り、
家庭に戻って、母親として子どもの食事やその他、世話をする。
 夫がいるとしても彼も職業に忙しい。家庭内にあてにできる他人は
いない。それだけのスペースは言うに及ばず。

 女は家庭で過ごせ、というのも「日本会議」派の男や女に多いよう
だが、もしかしたら、子どもは樹木みたように一度植えて根がついたら
自然にそのまま成長する、と信じているのだろうか。水やりしないでも
雨水だけでなんとかなる、とか。

 男だけの収入では子どもを育てるには足りず、女も仕事を持たざるを
得ない。女も仕事に就くと、子どもは誰が世話すればいいのか。それ以前に、
昔ながらの"男"像が、結婚をためらわせる。
 二人分、三人分の収入を男ひとりで稼ぎ出す必要なぞない、のが世の常識
になり、子どもは社会全体で育てるという意識が常識になれば__具体的に
いえば、オスプレイを買う税金を社会福祉に使おうということだ__、経済
成長を維持する人口とやらも可能だが、むしろ、低成長期を成熟の時間と
とらえ、高度経済成長神話から解放された生き方を考え出せばいいのじゃ
ないか。

 "イエ"意識・信仰は、マザコンに裏打ちされたマチスモ信仰であり、
帝国主義の基でもあった。もうそろそろ、そんなものと手を切っても
いい頃ではないか。

 試験的に妻側の姓に改姓する試みは、それらを考える一助にもなるのでは
ないかしら。
 ある日、或る姓だった男が妻の姓に変えて出社する。周囲の男や女は、
"婿養子"とか女の尻に敷かれてとか、陰口をきく。言った後で、"婿養子"
が"イエ"制度の産物であり、女の尻に敷かれることが男らしさと、どう関係
するのか考え始めるかもしれないし、考えないかもしれない。反響がどうで
あれ、井戸に石を投げて深さを知ることは、何かを考える一歩である。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-11-14 20:26 | 雑録 | Comments(9)
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-14 22:41
うむ、趣旨には同感、それもこの歳になってやっと。
でもこの歳になってカミさんの姓に変える気力がもう一つないのです。
我が亡母は小林、そして亡妻も小林からいまの私の姓になりました。
何となく罪深い男のような気がするのは、ジェンダーを巡るもろもろの議論がわかってきた(関心を持つようになった)のは還暦を過ぎたころから、それも経営者としての勉強から始まったからです。
それ以前の自分の言動・思想を考えると穴があったら入りたいです。
Commented by byogakudo at 2015-11-14 23:06
改姓を実行する云々ではなく、男性がこの問題に気づかれることが、
ほとんど問題の解決に等しいと思います。男らしさや女らしさ神話が
どれだけ人々を束縛してきたことか。
Commented by pochama_2 at 2015-11-25 02:22
先日まで短期間滞在していた40歳以上のSNSで、少なからぬ「女性」が「名前を変えたくないんだったらそもそも結婚なんかしなきゃいいんじゃない」という意見でした。

Commented by byogakudo at 2015-11-25 11:35
pochama_2 さま

そうですか。
それでは、選択的夫婦別姓について、あなたご自身は、どんな意見をお持ちですか?
Commented by pochama_2 at 2015-12-03 18:46
改めてはじめまして。東京郊外在住の52歳未婚男性です。
お返事をありがとうございます。

結婚と、姓を同じくすることに何の関連も見出せません。
男性が女性の姓のほうがいいと思えばそのように変えられればいいし、
お互い今のままで、というのならその意見を尊重すべきでしょう。
相手の男性は最大限相手=女性=現行では姓を替えなければならない方の意見を優先させるべきで、
相手の気持ちを思いやるということが基本(愛情)だと思います。
「家族の崩壊」という意見を耳にしますが、家族の一員の気持ちや価値観を重んじない「家族」などそもそも(Family)という名に価しないと思います。



ところで、随分と前からイラストレーター鈴木博美さんのブログを愛読しています。
ぼくは精神・知的障害を持つ者として、日々感じたことをまた最近ブログに書いています。
鈴木さんや、猫額堂さんにも一読をお願いして感想をお聞きしたいと思いましたが、
「狂れ人」を自称するわたしの「狂人日記」を見てくれなどとはやはり口に出来ませんでした。
それに猫額堂さんの愛読(?)してらっしゃるブログはみな質の高いものばかり。
すごすごと訪問者のいない、けれども自由なブログを書き続けます。

平和な12月をお過ごしください。

井出武雄


Commented by pochama_2 at 2015-12-03 19:07
追記

わたしが仮に女性だとして、問答無用で相手の姓に替えなければならないなんて理不尽だと思います。そして(女性である)わたしに姓の変更を強いるような男性と末永く上手くやってゆく自信はありません。
また生まれてくる子供の姓に関しては、子供にまだ判断力がないのですから、夫婦で話し合って、「好きな方」を選べばいいと思います。

鈴木博美さんのブログに、フランスでは「死者との婚姻」が法律で認められているということが書かれていました。素晴らしいことじゃないでしょうか?

Commented at 2015-12-04 19:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by byogakudo at 2015-12-04 21:14
pochama_2 さま

こちらこそよろしくお願いいたします。
鈴木博美さんのブログ、かっこいいですよね!
Commented by pochama_2 at 2015-12-05 19:17
最近、鈴木さんのブログの全アーカイブを通読しましたが、飽きませんね。最新のものから2003年の開設当初まで遡ってゆくという読み方をしましたが、個人的には初期のころの「誰かへの手紙のような」スタイルが好みです。
わたしも個人的には「文系」でもなく、「理系」ではもちろんないし、敢えて言えば「アート系」の人間ですので、(文章も含めて)鈴木さんのブログにはインスパイアされています。



<< ひとり、方南通りを歩く      第3回 宮本三郎記念デッサン大... >>