猫額洞の日々

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2015年 12月 01日

小林信彦『おかしな男 渥美清』読了/渥美清と山川方夫

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~11月28日より続く

 1962(昭和37)年7月22日(日)の夜中近く、小林信彦は渥美清が住む
原宿のアパートを訪ねる。

 7月7日に、小林信彦は山川方夫(まさお)から電話をもらったのだが、

< 「芸術祭参加のテレビドラマを書くんで、あなた[注:渥美清]
 に主役をお願いしたいというんだ。いちおう訊いてみますと答えて
 おいた」
 [中略]
  「局はどこだい?」
  相手[注:渥美清]は無表情に近くなった。
  「なんか、北海道の方の局だと言ってた」
  「なにかい。その人はテレビの作家もやるのかい?」 
  「あまり、きかない。まあ、ローカル局だから、若手の作家に
 芸術祭用のテレビドラマをたのむなんて発想が出るんじゃないか」
  「その人に会ってもいいな」
  依然として無表情のままで言った。無表情に見えるのは、考えて
 いる時らしい、と思い当った。>(『5 過去』p70~71)

< 渥美清を山川方夫(まさお)に引き合わせたのは、[中略]
 八月六日の夜である。
  日付と時間はわかっているが、場所がはっきりしない。が、当日の
 ぼくの行動範囲からみて、六本木のどこか(デリカテッセン「レオス」
 とか)ではなかったかと思う。
 [中略]
  八月十九日(日曜)の夜、[中略]十一時半に渥美清のアパートへ
 行った。
 [略]
 北海道放送の仕事を引き受けるつもりだ、と彼は言った。片っぱし
 から断る男なのに、とぼくは少なからず驚いた。
  芸術祭参加作品であるのに惹(ひ)かれたのは間違いない。しかし、
 彼はそんなことは言わない。
  たしか「不知道(フウチイダオ)」といったその作品のことは
 殆(ほとん)ど忘れている。戦時中の話で、北海道の炭坑で働かされて
 いた劉連仁(りゅうれんじん)という中国人が脱走し、中国大陸を求めて
 草原を歩きつづける__そんな物語だったと思う。
  「[略]ま、二週間ぐらいかな。北海道の自然の中で、のんびり仕事をして
 きますよ」
  「中国人の役かい」
  地味な物語の中心人物に渥美清を据えた山川方夫の戦略がわかった。渋い
 演技派向きの役なのだが、それでは誰もテレビを観てくれないだろう。
 [略]
  後日の話になるが、この作品は賞を一つもとれなかったと記憶する。しかし、
 <渥美清が芸術祭ドラマに出る>という話題は大きく広がった。
  渥美清の名をAクラスにするのは、十月から始まる「大番」(フジテレビ)の
 主役であるが、<芸術祭ドラマに出た>こともかなりの要因になった。芸術祭
 に権威があった時代のせいでもあるが、出世のチャンスを掴(つか)む彼の嗅覚
 (きゅうかく)は見事といわざるをえない。>(『7 最初の成功』p97~99)

 1963(昭和38)年6月、渥美清は永六輔と南米(メキシコ)に旅した。

< 八月二十三日。晴れ。
  正午に有楽町の「ジャーマン・ベーカリー」でメキシコ帰りの渥美清に
 会う。前年の芸術祭作品(テレビ)の礼を言いたいというので山川方夫(まさお)
 もくる。
  山川方夫は前年の芸術祭のあとでも、渥美清を高く買っていた。
  __渥美清が良いのは、ぼくらのコトバをコトバとしてとるのじゃなくて、
 心で受けとめるからだ。
  山川のこの台詞(せりふ)は、当時、ぼくが活字にしている。
  三人そろったところで、近くの焼き肉屋へ行く。
  「無事に帰れてよかった」 
  と、山川方夫がビールを注(つ)ごうとすると、渥美はグラスを強く手でおおい、
 逆さにして、コースターに置いた。
  そこまでしなくても、とぼくは思った。
 [中略]
  アルコールを口にしたくなければ、グラスをそのままにしておけばよいので
 ある。  
 [中略]
 それに__ビールに触れたくなければ、焼き肉屋に人を案内するのがマチガイ
 ではないか。
  考えられるのは、長い旅のあと、すぐ仕事に入った彼は、身体(からだ)に
 異変を感じていたのではないか、ということである。>
(『10 「おかしな奴」の失敗』P142~144)

 1964(昭和39)年正月、「続・拝啓天皇陛下様」が封切られる。

< 神経質な渥美清にとって、この年の正月はそう悪くはなかったと思う。
  一月二十六日の夜に、六本木の狭い[注:小林信彦の]アパートに遊びにきた。
 事前に「山川さんを呼べないかね」とリクェストがあり、山川方夫(まさお)も
 現れた。「不知道(フウチイダオ)」の主役は、はじめ、作る側のイメージに
 他の役者があり、山川方夫が渥美清を強く希望した。賞こそ逸したものの、
 渥美はそのことに感謝の念を抱いていたと覚(おぼ)しい。>
(『12 迷いの時』p168)

 寅さん・シリーズを観ていないし、興味のなかった渥美清だが、成功はした
ものの、偏頗で幸福とはいいがたい人生だった喜劇人の肖像が読後に残る。
 松竹は、舞台では藤山寛美を使い殺し、映画では渥美清を同じく使い殺し、
ここでは言及されていないが、歌舞伎でも歌舞伎の匂いを伝える役者たちを
使い殺し?する組織、という印象もまた残る。
 古き良き人情の昭和は、個人の搾取によって成り立つのか。

     ((小林信彦『おかしな男 渥美清』
     新潮文庫 2003初 J)





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by byogakudo | 2015-12-01 16:06 | 読書ノート | Comments(0)


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