猫額洞の日々

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2015年 12月 21日

加賀乙彦『頭医者』第二部『頭医者青春記』読了

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 写真は12月2日に記した久國神社上がり口。

~12月20日より続く

 『頭医者』第二部『頭医者青春記』は1955年から57年にかけての、
東京拘置所・医官時代の話だ。
 いつの間にやら(そんな感じ)、数ある精神医学の中から犯罪学を専攻
することになり、拘置所で犯罪学の対象である犯罪者を対面研究しつつ、
死刑囚と無期懲役者との精神状態の違いに着目したりしているうちに、
フランス留学への道を拓いてしまう。

 拘置所に就職する前の、大学病院での慌ただしい医局員生活から書き抜いて
おく。

 1955年ころの大学病院には、中央検査室のシステムが確立されていないから、

<何もかも自分でやらねばならなかった。患者の血液をとり、血算(けっさん)と
 いって白血球や赤血球の数を数えたり、血液像といって白血球の種類を顕微鏡
 で見分ける。脊髄液をとり、梅毒反応や出血の有無を調べる。尿や大便の分析
 と反応を調べる。性格や知能を心理テストで調べ、その解読と評点をおこなう。
 脳波、レントゲン検査、診察、検査、検査で午後はすぐ過ぎ去ってしまう。夕食時
 までに仕事はおわらない。夜、十一時、十二時まで病室にこもりきりの日も多い。>
(p270)

 唯一の息抜きが医者仲間数人で、毎週土曜日の午後、集ってするフランス語の
勉強会だ。

< そうだった。おれたちにとって、フランスは映画と文学によって想像される未知
 の国だった。そしてピエール・ロチイの研究家であった小林[注:勉強会の講師]を
 のぞいて、おれたち医者仲間はフランス文学の門外漢だった。フランス語で読む
 のは土曜会でのパニョルをのぞくと、医学論文のみで、文学のほうは翻訳で読む
 のだった。>(p271)

 医者仲間のひとり・千年(と本では呼ばれる)医師がフランスに留学することに
なり、送別会をする。

<新宿の西口の焼鳥屋街を酔って歩きながら、おれは千年に尋ねた。
  「なぜフランスに行くんですか」
  「つまり、そこがアメリカやドイツじゃないからでしょうな」
 [中略]
 日本の医者は戦前はドイツを戦後はアメリカを宗匠の国としている。したがって
 フランス医学を学ぶ者はいつも少数派なのだ。[中略]
 おれたちは常日頃、ドイツ医学を学んだ頭の古い先輩と、アメリカ医学を学んで
 時流に乗っている同僚たちのあいだで淋しい思いをしている。淋しい思いが
 フランスへのあこがれを強めるのだ。>(p271~272)

 ひとりが"Vive la France!"と叫び、主人公も同調した。

<彼と肩を組んで目茶苦茶なフランス語を叫んだ。その時、焼鳥の煙のあがる
 バラックの軒端(のきば)に、おれはパリの幻影を見た。古びたアパートメントと
 ノートル・ダム寺院のむこうに、版画で見たバスチーユの監獄がそびえたっていた。
「Vive la France! Vive la Bastille!」>(p272)

     (加賀乙彦『頭医者』 中公文庫 1993初 J)

12月22日に続く~





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by byogakudo | 2015-12-21 22:59 | 読書ノート | Comments(0)


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