猫額洞の日々

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2015年 12月 22日

加賀乙彦『頭医者』第三部『頭医者留学記』読了

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~12月21日より続く

 『頭医者』シリーズ三部作、無事読了。第三部『頭医者留学記』は、給費留学生
試験に合格し、船でフランスを目指す場面から始まる。

 合格したはいいけれど、帰りの旅費はフランス政府持ち、行きは個人負担である。
 1957年時の物価例が記される。豚汁定食50円、もりそば20円の頃に、船賃の
ツーリスト・クラス(二等)が20万円強、飛行機が30万円である。
 留学の先輩に訊いてみる。拘置所を辞め、大学に戻って助手になる(月給15.000円)
ことで、文部教官としての出張旅費でフランスに行けるようになった。

 横浜発・インド洋経由・マルセイユ着、35日間の船旅だ。日本人の留学生たちと
知り合いになる。医者(と犯罪者)以外のひと、文学者や絵描きなどを知った。

< パリのリヨン駅に着いたのは早朝である。薄霧に煙る灰色の都会に一歩を踏み
 出した時、おれは自分が育った東京とは異質の、文明が爛熟を過ぎてなかば朽ち
 はじめた古都、つまり京都に似た冷やかな閉鎖した街を見た。タクシーが走り出すと、
 おれの思いはますます確かになった。どこかで見たような光景だと思い返してみると、
 パリは牢獄にそっくりだった。>(p506)

< 学生証、シテ[注:大学都市]滞在証明書、何とか証明書を証明する証明書と、
 毎日証明書の数が増えていく。数えたら十数枚になっている。
 [中略]
 一週間経っていた。シャンゼリゼどころじゃない、毎日、あっちの事務所、こっちの
 役所と列に並んでいるだけだった。
  「いったい、この証明書を紛失したらどうなるのかな」
  「まず警察で事故調書を作り、紛失証明書をもらい、それを持っていって再交付
 願いを出し、先方の指定した日に、また列に並ぶんだね」
  「厄介だね」
  「その再交付の指定日だが、これが三年後か四年後か皆目分らない」
  「そんなに先のことじゃ、おれたちは帰国しちまうじゃないか」
  「そうだ。しかし、これがフランス文化の特徴なんだが、三年かかろうが四年
 かかろうが、間違いなく、確実に再交付されるんだ」
  「非常に能率が悪いが、正確に働く機械みたいなもんだね」
  「そう。世界一非能率で、世界一堅実な官僚機構が、フランスという国らしいよ」>
(p509~510)

 フランスの医者の世界は二種類に分けられ、仲が悪い。この説明があったけれど、
よく理解できないから要約もできないが、ともかく、留学生という外部の立場を利用
して、自分の所属セクトに敵対するアンリ・エイの連続講演に出席する。
 講演のあと、次々と発言者がある。
 (あ、こことは直接関係ないけれど、いつも書こうとして忘れるから、書いておく。
近ごろ"アフタートーク"という言い方を耳にするが、ヘンだ。何か催しがあった後に、
関係者たちがそれについて話すことを指したいなら、ただの"トーク"でいいと思う。)

< ジャック・ラカンという若い人が颯爽と立って鋭い質問をした。この人が後にレヴィ=
 ストロースやミッシェル・フーコーと並んでフランス精神界を代表する構造主義の大物に
 なろうとは、おれは知らなかった。ただ、彼の『パラノイア精神病と人格』という論文が、
 若書きの博士論文にしては、立派なものであることは認めていた。[中略]
 まるで小説を読むように面白かった。後年、おれはラカンの諸著作に読み耽り、その
 難解さに頭を悩ますことになるのだが、この時の彼の発言も、ミンコフスキイとは
 正反対の猛烈な早口で、しかも何だかボードレールの詩でも読んでいるように難しい
 単語がやたらと出、何が何だか聞きとれなかった。>(p541)

 30歳になろうとする頃までの若き日々を、戯画化して書いた自伝風小説だが、
彼の就いた職場が職場である。死刑囚と無期懲役囚との比較や、監獄の問題に
言及するとき、このタッチでは書きにくそうに見える。書くと、言葉が浅くなる。
 第一部がいちばん成功していて、徐々に文体とストーリーとの接続負担が気に
なってしまった。

     (加賀乙彦『頭医者』 中公文庫 1993初 J)
 





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by byogakudo | 2015-12-22 21:17 | 読書ノート | Comments(0)


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