2015年 12月 27日

鴨下信一『面白すぎる日記たち 逆説的日本語読本』読了

e0030187_20432161.jpg












~12月26日より続く

 多くの日本人が日記やブログを書くのは、明治以来の日本語教育の
中で日記文を書くことが推奨されてきた、その伝統もあるのだろうか?
 今でも「夏休みの絵日記」は、宿題として提出することを求められて
いるかしら?

 日記や手紙の類いを書かなかったと言われる大宅壮一にも、旧制茨木
中学時代の日記が残されているそうだ。

 茨木中学が制定した日記帳があり、
<日記は学校の方針として口語体、文語体、候文を交互に使うことに
 なっていた。日記は提出して教師の批評を受ける。[中略]
  すこし忘れられているけれども、日本の学校教育ではこうして
 日記をつけることを奨励し訓練していた。>

 学校特製の日記帳の作りがすごくて、
< 巻頭、教育勅語と明治天皇の御製がなんと赤インクで印刷され、
 [中略]直立不動の姿勢をとったモデル生徒の写真がのっている。
 しかも足はあろうことかハダシである。ハダシが茨木中学では正装で、
 厳冬でもこれ以外は許されなかった。>(p183)

 日記が推奨されてきたのは、徴兵制と義務教育がコミであったこと
とも関連する、かしら。文盲が多いと徴兵しても訓練に時間がかかる。
 日記を書かせ、それをチェックすることによって思想統制も可能だ。
"神国日本"なんていうような空疎なキャッチフレーズであれ、繰り返し
唱えさせられていれば、そのうち自発的な信仰にならないとも限らない。
日記の持つ内省性を利用した支配システム、とも言えそうだ。
 (生活綴方運動と、文部省の日記の推奨とは、正反対を向いた日本語
教育?)

 軍隊においても日記が書かれる。情報が漏れるから手紙と同じように
検閲があり、不適切なことが見つかったら焼却され、厳罰必至だが、
監視の眼をかいくぐって、
<陸軍恤兵部から贈られる[中略]小さなポケット版>(p204)の従軍手帳に
個人的な手記が記される。
 めったなことは書けなくても従軍手帳が支給されたのは、一種、ガス抜き
なのだろうか? 軍隊や監獄では機密保持のために筆記用具を持たせない
のが、管理上の原則ではないかと思うが。
 
 書かれた言葉は残る。敗戦直後、必死になって役所では書類を焼却した
らしいが、兵士の遺体に残された従軍手帳の私的な記述からでも、南京
虐殺や従軍慰安婦の存在が証言されてしまう。証拠を隠滅したいなら、
たとえば虐殺に加わった兵士の口を封ずる、つまり殺すくらいの徹底さが
必要だが、日本の役人や軍人は日本人的だから、そこまでの意思と実行力
に欠けるのだろう。
 殺すのは大変だ。論理として、殺し続けるしかなくなる。不特定秘密保護法
を作ったのは、後顧の憂いなく好き勝手しようという、焼却なぞという下手な
手段は役に立たないことを過去から学んだ、現在の役人どもの意思であろう。

 日中戦争時の太田慶一(1912~1938)の短文・単語で綴られた日記を
孫引きする。(『世界教養全集 東西日記書簡集』 平凡社)

<     六月十一日 晴 時々曇 雷鳴
 [中略]
 ○傷ついて三角巾を腹にあてて寝ている中尉。帽子で頭をあおいでやって
 いる兵士。三角巾にしみ出ている夥しい血。
  瀬良中尉の戦死__トラックで北京まで行き病院につくと同時にがっかり
 して死んだと云う。
  瀬良中尉の腎臓を貫通して後ろの軍曹の腕を負傷させた弾丸。
 ○壮大な入道雲。
  夕陽、夕やけ。
 ○殺す自由をもつ者は又殺される自由をもっているものだ。>

 そうして、
< 太田慶一は手榴弾のため右手をもぎとられ、野戦病院で死んだ。>
(p205~206)

     (鴨下信一『面白すぎる日記たち 逆説的日本語読本』
     文春新書 1999初 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-12-27 19:44 | 読書ノート | Comments(3)
Commented by saheizi-inokori at 2015-12-27 21:32
読んだと思っていたけれどこういう記述にまったく覚えがない。
読んでないのですね。
Commented by byogakudo at 2015-12-27 22:15
書くと安心するのか、あっさり数日で忘れてしまう、
という問題がありまして...。
Commented by pochama_2 at 2016-01-03 01:33
このような穏やかなコメントのやりとりは羨ましく思います。
鴨下さんは、「ふぞろいの林檎たち」の演出をなさっていますね。
わたしのブログでは今山田太一発言に揺れて(わたしひとだけ)おります。
演出家といえば年末から久世さんのものをポツポツ読んでいます。
極左(?)のわたしとしては、「右か左かと問われれば、どちらかといえば右側通行と答える」という久世さんとは合いそうもないのですが、わたしの(これまた)極度の古いものずき=(過激な)新しいもの嫌いにいいように呼応しているようです。

失礼しました。

T



<< 日記風に(?)      鴨下信一『面白すぎる日記たち ... >>