2016年 01月 13日

ジュリアン・グラック/安藤元雄 訳『アルゴールの城にて』読了

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 少しずつ読んでいた『アルゴールの城にて』を昨夜、読み終える。
怪奇小説としてのみ読んでしまったようで、それが悲しい。フレイザー
とか聖杯伝説をちゃんと知っていたら、もっと確かに読み取れたのでは
ないかしら。
 いい観客であることが唯一のわたしの野心なのに、知識不足で味わい
つくせないとき、それは悲しい。

 しかしまあ、レトリックの連打、比喩表現の連続である。文学において
さえ平準化(!)が望まれるような近年の日本で、このような本が判型を
変えて出され続けているのは、とてもうれしい。

 全10章の半ばころ、第6章に当たる『深淵の礼拝堂』を読んでいたとき、
J・G・バラードを思い出す。

 アルゴール城に近いストルヴァンの森を、主人公・アルベールが水面
すれすれに横たわって眺める場面は、天地を反転させた、川に映る風景
(水景?)として描かれる。

<死の冷たさが肌を噛むこの深淵の底から、太陽のわななく濡れた顔が
 湧き上って来て、水に映る木々の列柱は銅のようになめらかに光沢を
 帯びて重々しい塔のように整列し、その荘厳に規則正しい裏返しの柱廊
 の中心から、空の面が彼の目と彼の唇の下に、憐れみ深い、いまは直ちに
 開かれる深淵のように立ち現れた。それは人間がついに飛びこんだままに
 なってしまうかも知れないし、
 [中略]
  一瞬彼は、その誘惑の恐ろしさと張りつめた快感とに魅せられて目を
 つぶったが、ふたたび目をあけたとき、木々のとばりが水の下で裂かれ、
 水に映るエルミニアンの姿が、水面の下を苦もなく歩きながら、永久に
 禁じられたその世界を平然と通りぬけて、彼の方へと歩み寄って来た>
(p110~111)

 <水面の下を苦もなく歩>くのは、風太郎の忍法帖にもあったアイディア
だが、そこは措いておく。周囲から閉ざされた空間(アルゴールの城)で
展開する、主人公と男友だち・エルミニアンと、エルミニアンが伴ってきた
美女・ハイデの三角関係。ありふれたメロドラマ的設定に、J・G・バラードを
思い出したのだ。
 破滅を目指す世界観も。

 ジュリアン・グラックは読みやすい。ベルナール・ラマルシュ=ヴァデル/
鈴木創士・松本潤一郎 訳『すべては壊れる』以来、たいていの小説が読み
やすくなった、ような気もするのだが、ラマルシュ=ヴァデルの書く一文は、
次に続く一文との間に切断面をきらめかせるけれども、ジュリアン・グラックの
一文は、前の一文の余韻を響かせ、次の一文への動機をもつ。その意味では、
伝統的な書法である。

     (ジュリアン・グラック/安藤元雄 訳『アルゴールの城にて』
     白水uブックス79 白水社 1989初 J)





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by byogakudo | 2016-01-13 19:32 | 読書ノート | Comments(0)


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