2016年 01月 22日

正宗白鳥『新編 作家論』読了〜柴田宵曲へ

e0030187_20231122.jpg












~1月19日より続く

 ああ、柴田宵曲は、さらっとさわやかでいいな。俳句をやれば、
やりさえすれば、こんな日本語が身につくってことではないだろうが。

 という話の前に、長々とつき合った正宗白鳥『新編 作家論』である。
自然主義作家たちについての評論は、結局、よく分からないまま終えて
しまったけれど、岩野泡鳴は、もしかして、滑稽小説の一種として読める
かもしれない。作家本人が大真面目に書くので、無意識のおかしみが
かもし出されているのではないかと、におう。(どうかな?)
 青空文庫でいくつか公開されているし、続々、公開準備中だ。

 TPP交渉でアメリカに媚び諂った甘利明は、なぜか手柄顔していたけれど、
ミッキーマウス法に賛成した責任を、どう取るのか。農業に対する責任は?
 安倍晋三・独裁政権の一翼を担う甘利明は、わたしみたような非国民の
目から見ても、売国奴だが。

 正宗白鳥はダンテも愛読していた。聖書も、様々な人生が描かれた物語
(「人生記録」)として愛読する。

<イザヤ、エレミヤなどの慷慨(こうがい)悲憤の予言書や、ポーロの
 伝道的書翰(しょかん)などには、さほどの興味を寄せていない。
 [中略]
 創世記の古代人の物語は、さながら現代人の生活を映しているように
 私には思われる。出埃及(エジプト)記、利未(レビ)記など、人類の
 集団的生活を写した写実小説のように思われる。>
(p411『ダンテについて 一』)

<神曲がダンテの存命中すでに、イタリーの有力な貴族達に興味を持って
 愛読され、また一般市民も街上でその一部を愛唱したといわれるのは、
 さもあるべきことと思われる。辛辣な写実の筆が面白かったのだ。時と
 しては他を怒らせたであろうと思われるくらいに無遠慮に、辛辣に、
 当時の人々の知っている人間や事件を描いたのだから、我々が時所を
 隔てて今日此処(ここ)で読んでいるよりも、当時のイタリー人には遥かに
 興味が多かったに違いない。......現在の大臣や代議士や陸軍大将や大学
 教授など知名の人物を、『神曲』の地獄中の罪人どものように取り扱った
 演劇が今日実演されたとしたらどうであろう。>
(p426『ダンテについて 二』)

 風太郎版『神曲』は、この正宗白鳥のエッセイから書かれたのだろうか?
 『ダンテについて』初出は、昭和二年(1927年)三月『中央公論』である。
正宗白鳥にヒントをもらわなくても山田風太郎なら、いずれ書いたか。

     (正宗白鳥『新編 作家論』 岩波文庫 2009年3刷 帯 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2016-01-22 20:36 | 読書ノート | Comments(0)


<< 森茉莉付近(36)/柴田宵曲『...      ミスフィット・リターンズ >>