猫額洞の日々

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2016年 01月 25日

まだ続く、柴田宵曲『明治の話題』からの抜き書き

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~1月24日より続く

 森茉莉の両親以外の話題でも、書き抜いておきたいところがあるので。

 『1 投票』は、新聞や雑誌での人気投票である。

<大町桂月(けいげつ)の主宰する「学生」は各都府県の偉人投票を募り、
 その高点者に関する評論のやうなものを、同じ府県の出身者に依頼して
 「郷土偉人号」といふ臨時増刊を出した。東京の高点者が幡随院長兵衛
 (ばんずいいんちょうべえ)であつたことは、いさゝか意外だつたので今に
 忘れ得ない。>(p036)

 『2 懸賞小説』より__

< 中村星湖の「少年行」田村俊子(としこ)の「あきらめ」など、懸賞小説を
 以て世に現れた作家はその後にもいろいろある。俊子は露伴門下の佐藤露英
 (ろえい)として屢々筆を執つてゐるから、一部の人には知られてゐたが、田村
 俊子と名乗る出世作といふところに「あきらめ」の意義があるのであらう。
 [中略]
 「あきらめ」の原稿が全部紫インクの細い字で書いてあつたといふことも、
 この女流作家の出世作にふさはしいやうな気がする。>(p052)

 『5 花電車』より__

< 花電車が人を乗せず、昔の山車(だし)のやうに人形だけ飾つて走るのは、
 大正四年の御大典以来の事と思ふ。それ以前は電車の外側を装飾するだけ
 で、客は普通に乗れた。電車唱歌の表紙に画いてあるのが日露戦後の花電車
 の格好である。飾り立てる電燈の数だけでも大変なものだから、乗つて見ると
 暑いといふ話を聞いたおぼえがある。
  電車の満艦飾と思へば大した間違ひはない。装飾の意匠も単純なものだから、
 昼間はあまり見栄えがしなかつた。多くの電燈が悉(ことごと)くともるに及んで、
 はじめて光彩を発揮するのである。東京市内の電車は明治三十六年に開通した
 ので、日露戦後の凱旋当時までは、花電車を運転する機会がなかつた。>
(p143)

 衣装を着けたマネキン人形を立たせた花電車の話を、わりと最近読んで、外側の
装飾だけじゃなかったのかと驚いた記憶があるのだが、それは内田魯庵『魯庵の
明治』だっただろうか。ぱらぱら捲ってみるが見つけ出せない。

     (柴田宵曲『明治の話題』 ちくま学芸文庫 2006初 帯 J)

1月26日に続く~





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by byogakudo | 2016-01-25 15:56 | 読書ノート | Comments(0)


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