猫額洞の日々

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2016年 02月 15日

荻原魚雷 編『吉行淳之介エッセイ・コレクション4 トーク』読了

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 文庫版で『軽薄対談』や『恐怖対談』を読んだのは、まだ若かった
1980年代だったのだろうか思い出せないが、60年代や70年代の
人気者との対談シリーズは、そのころは時間の速度が遅かったからか、
どんな人がゲストでもそれが誰だか解った。

 たとえば今、若い人がナンシー関のコラムを読んでみようとして、取り
上げられたTVタレントや、彼や彼女の扱われ方や地位が解るかしら?

 繰り返すが、昔は情報量が今とは段違いに少なかったので、近過去の
記憶の共有ができたのである。作品を知らなくても、今東光、ああ、
お坊さんね、金子光晴との対談に出てくる坂本紅蓮洞って、どんな人
かしらと興味も持てた。(いまやwikiに、短いが"坂本紅蓮洞"がある!)

 昨日行った伊呂波文庫にも、講談社文芸文庫版の吉行淳之介セレク
テッド・対談集があった。

 古本屋の棚に、常備されてるみたいにあった『軽薄対談』や『恐怖対談』
シリーズが、古本屋自体のヴァージョンが変更され、お洒落なセレクテッド・
キャフェ古書店方面へとアプデートされ行く時代と呼応して?、いや、どちら
が先ということもないか、歩調を揃えて、本も古本屋も、こざっぱりと項目
(ジャンル)別に整理され、瀟洒な記号に統一された店内で客を待つ時代なのだ。

 (ただのそこらの雑陶器と思われ、雑に扱われていたが、"民芸"の眼差しで、
"生活の美"などと名づけられて骨董蒐集の対象に昇格するようなものかしら、
とも思うのだけど。)

 つい昨日のことほど見えにくいものはなくて、だから『軽薄対談』や
『恐怖対談』も多くの対談の中から選択され、ひとつの時代を示す記号と
してセレクテッドに存在する。どんな時代だったかと言えば、男がオスで
あるのが許された時代である。

 オスである男が、自意識のコントロールがうまくできず、過剰な自意識を
持て余し、汗くさく泥くさく、はた迷惑にふるまっても、「俺ってテレ屋
だからさぁ」の言い訳が許された、マザコン男の時代である。

 男がオス性を表面に出すことが禁じられた現在、女のメス性は野放途で
かまわないようにも見られて、どちらも非人間的だなあと嘆息する、老境
なのです。

     (荻原魚雷 編『吉行淳之介エッセイ・コレクション4 トーク』
     ちくま文庫 2004初 J)





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by byogakudo | 2016-02-15 21:07 | 読書ノート | Comments(0)


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