猫額洞の日々

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2016年 02月 25日

今週のホイホイ(2)/少女小説的〜秦早穂子『影の部分』から

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 何をもって"少女小説的"というのか漠然としているけれど、たとえば
『小公女』の中で、貧しい屋根裏部屋で思いがけず開かれる、少女たち
の夜の大宴会。

 子どものころ読んで、屋根裏部屋にまず憧れ(今でも憧れる。二階建て
実家の階段の途中にあった狭く天井の低い中二階が、屋根裏部屋イメージ
を作った。"ワンルーム・マンション"の"ロフト"は、あの秘密を隠して
いそうな小部屋
とは、まるで違う。ただの物置!)、そんなお部屋で、
子どもたちだけでごちそうを食べる。憧れるに決まってる。

 そうか。いま思うと、バーネット夫人__子どものころ読んだ本では、
作者名がそう記されていた。若松賤子・訳に倣った表記だったのだろうか?
__の『小公女』と『秘密の花園』という二大(?)孤島・児童小説愛が、
『恐るべき子供たち』への偏愛へと続いたのだろうか? 外に対して閉ざ
された室内、秘められた庭園、どちらも孤島である。
 (『甘い蜜の部屋』にも続く。そろそろ読み返そうかしら。)

 そこで秦早穂子『影の部分 La Part de l'Ombre』の感想を書いたとき、
書き残してしまった箇所を思い出す。

 自伝風小説の中の少女・舟子が小学校から中学生になるころ、
『赤いマニキュアの女』から引用したい。

 ヒルデという"あいのこ"の娘が、舟子の母・桐子を訪れる。ヒルデは
ドイツ人の父と日本人の母をもち、20歳を越えたくらい、横浜で生まれ
育つ。父がドイツに去り、母は日本人・貿易商の下で働く。
 ヒルデは次第にその貿易商を愛してしまったと、舟子の母に苦しみを
打ち明ける。

< 大切な打ち明け話を、ヒルデは階段の踊り場に腰掛けて桐子にする
 のである。二つに区分された階段の真ん中は、畳三畳ばかりの広さが
 あり、大きな花瓶と椅子の二、三脚も置け、高い天窓からは夏は風が
 吹き、秋は日差しが落ちてくる。下から上がって、踊り場の後ろの左の
 木の壁をそっと押すと裏階段が現れる。そこは小部屋にもなっていて、
 階段を降りれば裏庭へと通じる。舟子と月子[注:舟子の妹]のお気に
 入りの秘密の遊び場だ。叱られたり、気に入らない気分になると、舟子
 は裏階段の片隅に入り込んでしまう。電灯もあるから本も読める。
 [略]
  桐子とヒルデは、いつの間にか、この踊り場で話すのが習慣になった。
 そのために、子どもたちは自由に裏階段を使えない。ヒルデは裏階段の
 存在を知らず、踊り場の空間を気に入っていた。
  「ここにいると、宙に浮いたみたいで、気持ちがいいわ」
  「私たち女はみんな宙ぶらりん。だから、ふさわしい場所なのかしら」>
(P199~200)

     (秦早穂子『『影の部分 La Part de l'Ombre』
     リトルモア 2012初 帯 J)     





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by byogakudo | 2016-02-25 18:31 | 読書ノート | Comments(0)


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