猫額洞の日々

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2016年 02月 27日

ドナルド・キーン/大庭みな子 訳『古典の愉しみ』もう少し

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 写真は近所で。ゴジラみたいな影だったので。

~2月26日より続く

 またしても『第二章 日本の詩』より__
<和歌の三十一の音節ではどんな技巧をこらしても表現できない事柄も
 たくさんある。物語は(『万葉集』にも物語風な詩はいくつかあるが)、
 そんなに簡潔な形では語れない。心情のみならず知性のかかわる事柄
 は充分述べるわけにはゆかない。金鉱山の発見だの、辺境の不穏な
 分子を抑えるための出兵などという国家的な重要な出来事とか、詩人の
 社会的な、あるいは宗教的な問題に対する反応などを和歌というものの
 中に織り込むことは、ほとんど不可能である。
  日本の詩人はほとんど例外なく詩的な形態として和歌を選ぶことに
 よって、詩の有用性の多くを犠牲にした。しかし、西欧の詩人が十九
 世紀までは時にはラテン語で書いたように、日本の詩人は、和歌に適さ
 ないものは漢詩という形に頼った。
 [略]
  九世紀には漢文の知識は非常に誇りの高いものとされていた。その頃、
 日本語などは日用品を買ったり召使いに指図をするための言葉だと思わ
 れていたに違いない。
 [略]
 和歌が__というより日本文学というものが__永く生き残ったのは、
 女性たちが漢文ではなく大和言葉を使ったからだ。
 [略]
 男性が女性に詩を贈ろうとすれば、漢詩ではなく日本語で歌を詠ま
 なければならなかったからである。
 [略]
 求愛のための歌の利用は、素晴らしく美しい書道を発展させもした。
 歌の内容にふさわしい紙、ふさわしい墨の色もまた重要なものである。
 書かれた歌が(たいていは一首だけだが)贈られるときには四季それぞれの
 花が添えられ、そして、言うまでもなくそれにふさわしい優雅な使いの者
 を送ることが必要になる。この時代から詩と他の芸術が密接な関係を持つ
 ようになった。絵にふさわしい歌が描き込まれるし、豪華な着物には歌が
 織り込まれる。和歌の各行はあちこちに広くちりばめられ、漆の工芸品にも
 歌が描き込まれる。長歌が短歌にとって代わられたのは、一つには長いもの
 はこのような使い方には不適当だったのだろうか、結果として和歌の発展の
 ためには幸運なことであった。
 [略]
 日本人は自らの選択によって、詩の表現内用を制約してしまったが、自身の
 悲劇や、国家の悲劇について大声を挙げて叫ぶ代わりに、過ぎた愛のことや
 激しい恋のせつなさを数少ない言葉で表現する道を選んだ。>(p59~63)

 教科書で背景の説明もなしに(あったのかもしれないが記憶にない)、ただ
一首ずつ取り出して解釈・説明された和歌とは、ファッション雑誌風に言うなら、
平安朝貴族の、知的でおしゃれなライフスタイルを彩るマスト・アイテム=和歌、
だったのだ。掛詞とか歌枕、文法は習ったようであるが、和歌がやりとりされた
現場なんて、考えてもみなかった。我ながら、お粗末...。

     (ドナルド・キーン/大庭みな子 訳『古典の愉しみ』 宝島社文庫 2000初 J)

3月2日に続く~





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by byogakudo | 2016-02-27 21:01 | 読書ノート | Comments(0)


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