2016年 03月 02日
指のすきまからこぼれた砂を集めるように、書き落としを集めよう。 ~2月27日より続く 読み終わったドナルド・キーン/大庭みな子 訳『古典の愉しみ』 からの追加引用は、まず『第一章 日本の美学』の『徒然草』に 見られる、古びたものへの愛好癖だ。 <絹のうすものがほつれたり、軸から螺鈿が落ちるのは、多くの 外国人にとっては困ったことで、持ち主は修理屋に出すだろうが、 日本では完全性や、昨日作られたかと思われるような華やかさは、 多くの人の手を経てきたことがわかるようなものと比べて、高く 評価はされないのだ。そういう古いものは、私がかつて講義を聞いた ことがあるロバート・グレイブスの話の中でのアラブのバラク(Barak) と呼ばれているものと同様な、神秘的な性質さえ帯びてくる。たとえば 三十年のあいだ人が叩いたタイプライターは、そのちょっとしたくせに さえ親しみや愛着も湧いてくるものだから、そのタイプライターはやっと バラクになったというわけだ。 [略] 一般に西欧では、鋳造されたまま人の手に渡ったことがない貨幣の ように、昨日描かれたり刻まれたりしたばかりというようなものに 憧れるが、それは骨董品からその歴史を奪いとってしまうものだ。 日本人は多くの人の手を渡ったことがわかるような芸術作品を高く 評価する。>(p37~38) 不完全性やモノとして劣化した状態に美を感じるのが、日本の基本的な 美意識であることには同意する。若い人の間でも、たとえば錆びたトタン板 を愛でたりするがしかし、近ごろではもう一方、西欧化された整理整頓愛、 清潔愛好も、老若男女を問わず増えているような気がする。 どこでも、こぎれいに同じ(で値段もすぐ解る)フランチャイズ・チェーン 店が業種を問わず、街を占める。古本屋なぞ、佇まいが古めいていると、 なにか入りにくいと敬遠され、ブックオフに人が流れる、とか。 ひとめで分かる記号化された表面。こちらがメインストリームになって しまったのではないかしら。ついでに悪口を言うなら、古風で分かりにくく ても値段が高い店なら、いいお店だろうと、素早く安直な理解が行われて いるような気もする。 もう一カ所、『第二章 日本の詩』より__ < 古今集の和歌は、万葉集の中で使われているややこしい書き方に代わって、 カナで書かれている。誰がカナを考案したか、[略] 多分八世紀の終わりか九世紀の初めのサンスクリットの知識のある僧侶の手に よるものであろう。カナ記号の形そのものは漢字からきているが、アルファベット に似た音節記号の発想そのものはインドに由来しているものだろう。カナという 字は借りの名ということで、マナ(真の名)、漢字と対比される。つまり、カナは 真の記述法を代用する一時的な置き換えに過ぎないということである。はっきり とした日本の記述法は、九世紀から十三世紀にわたって、多くの東アジアの国々 がそれまでやってきた、中国に対抗しながらも模倣するやり方から脱して独自の 言語や文化を主張するようになる変化の一環としてできたもので、日本は独自の 記述法を確立した最初の民族だと言える。>(P63~64) (ドナルド・キーン/大庭みな子 訳『古典の愉しみ』 宝島社文庫 2000初 J) なぜここを引用したかと言えば、荻原魚雷 編『吉行淳之介エッセイ・コレクション 4 トーク』の『森茉莉 気紛れ「ことば」対談』冒頭に続く。小見出しは<想ふ、思う、 おもう>である。 ~2月14日より続く <森 今日の対談でたった一つだけ漢字について言いたいことがあって最初に 言いますけどローマ字を「羅馬」と書く字ね、たいへんきれいな字で、中国から なんのお礼もしないで、ああいう字をいただいてきたことで、鷗外が『即興詩人』 を書くのにたいへんよかったろうと思って、翻訳の文章を書く上で感謝していたと 思うものですから、私は父にかわって、中国の人たちにお礼を言いたいと思って ......。 吉行 なるほど(笑)。>(p128~129) (荻原魚雷 編『吉行淳之介エッセイ・コレクション4 トーク』 ちくま文庫 2004初 J)
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| 2016-03-02 18:12
| 森茉莉
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