猫額洞の日々

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2016年 03月 15日

半日を甘酒横丁で過ごす/仲田定之助『明治商売往来』

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 1pmに水天宮仮宮前で会う約束をしたので、12pmには地下鉄に乗る。
車内でお客さまだったN・Sさんから声をかけられる。二年ぶりくらい?

 人形町下車。仮宮方向を目指して行き過ぎては戻る。場所を聞こうかしら
と思った男性が、なーんだ、待ち合わせ相手の元・お客さまだ。三人で人形町
「薮そば」
に向う。入口前の梅が咲いている。奥の小上がりには、年配の男性
数人が集って歓談中。和やかでほっとする、人形町「薮そば」風景だ。

 次は、近いけれど、混んでしまうとなかなか入れないから「喫茶去 快生軒」。
"東京の昔・話"や奥多摩の「櫛かんざし美術館」の話だったり。
 店内はほぼつねに満員だ。中高年女性グループ、会社員らしい男たち、
ひと休みしに入ってきてすぐに出て行くひと、和装の女性が年配の男性と
話している。粋な感じだからホステスあるいは店を任されたマダムだろう。

 長くなったので河岸を変える。といっても、これも近くのサンドウィッチ
パーラーまつむら
。上の写真が、「まつむら」イートイン(!)・コーナー
からの風景だ。
 「快生軒」も「サンドウィッチパーラーまつむら」も、存分に煙草が吸える。
人形町のキャパシティの表れであろう。わたしはもう吸わなくなったけれど、
喫煙者がのびのびと煙草が吸えるのは、いい眺めではないか。あんな狭苦しい
ガラスの檻の中で突っ立たせて吸わせなくっても、いいじゃない。

 「まつむら」を出て漠然と日本橋方向を目指して三人でさまようが、八丁堀に
来てしまう。寒くなったので、ここでJRと地下鉄に別れる。次回は新御徒町散歩
になりそうだ。

~3月14日より続く

< 甘酒を専業に、その卸・小売をしていた尾張屋という名代の店が日本橋
 人形町通りにあった。店先には朱塗りの箱型の台の上に金色燦然と磨きこんだ
 真鍮の甘酒釜が三つ並んでいた。
  水天宮の縁日や、人形町の夜店を冷やかしに行ったついでに、わたしはよく
 この店に寄っては、大きな湯呑に入ったあの白いどろっとした液体の中におろし
 生姜(しょうが)を入れて、甘酸っぱいような味を咽喉(のど)に流しこむのが好き
 だった。この明治の庶民的な甘党の店を高村光太郎は「人形町」という詩の
 中にうたっていたが、もう今は廃業してしまったようである。そこは角店だった
 ので、その横通りを甘酒屋横町と呼んでいたが、尾張屋の店がなくなったので、
 明治座通りという名に変ってしまった。>

     (p216 仲田定之助『明治商売往来』『4 のみもの・たべもの』『甘酒屋』
     ちくま学芸文庫 2003初 J)

3月16日に続く~





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by byogakudo | 2016-03-15 21:33 | 読書ノート | Comments(0)


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