猫額洞の日々

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2016年 03月 17日

仲田定之助『明治商売往来』読了/便所の落書き・男

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~3月16日より続く

 『4 のみもの・たべもの』の『凮月堂』によれば、幕末からあった、
南伝馬町二丁目の"大住凮月堂"に、子どもの仲田定之助は土曜朝特売の
きんつばを買いに行っている。
 京橋南鍋町の"米津凮月堂"は、
<先代恒次郎が明治初年フランスに二度も渡って、洋食と洋菓子を
 習得してきた>(p257)。

<明治三十年代[注:ほぼ20世紀の始まり頃]、わたしはよく凮月堂の商品
 切手を使用した。それには総本店・南伝馬町・大住凮月堂とあり、つづいて
 本店・南鍋町・米津凮月堂、それから上野広小路、麻布飯倉、神田淡路町
 などの店の名があって、一連の凮月堂チェーンの共通商品券になっていた。
 [略]
  凮月堂ではどこの店でも三日月のある扇面の商標で、いろんな和洋銘菓を
 売っていたが、[略]
 凮月堂はわたしにとって憧れの甘いもの天国だった。
  米津凮月堂は京橋南鍋町、いまの御幸(みゆき)通り北側の角店、土蔵造り
 の二階建で、軒には白っぽい麻暖簾に屋号と商標とが書いてあった。階下は
 菓子舗で、その奥の階段を上がると、二階が洋食部となっていた。
 [略]
  この店には、もひとつ特色があった。それは縞の着物に角帯を締め、白足袋
 に草履をはいて、片腕にナフキンを掛け、うやうやしくサービスする給仕人
 だった。その服装としつけのよさは、いかにも明治調ムードこまやかだった。
 これは身体に馴染まない借着のようなイブニング姿のウェーターよりは、
 遥かにきびきびしていて気持ちがよかった。
  ずっと後のことであるが、東京に住み馴れた外人の家に招かれたとき、
 食堂のサービスをする使用人が木綿の黒紋付に袴をはいているのがエキゾ
 チックに感じられて好もしかった。わたしはそのとき凮月堂の給仕人を思い
 出したことだった。>(p258~259)

 『2 こあきない・てじょくにん』の『点灯夫』のいでたちや、『5 のりもの・
ともしび』の『御者と馬丁』の服装も書き留めたいが、長くなるから止める。

 地下鉄に乗れば乗客の足下(靴)に目が行くし、街を歩いていて面白い服装を
見かけると、瞬間的に上から下まで暗記する癖がある。書き留めないといつか
忘れてしまうが。
 古本屋時代にも、じつは、お客さまのファッションを楽しませていただいて
いた。わたしは自分が思っている以上に、ファッションに関心があるようだ。

     (仲田定之助『明治商売往来』 ちくま学芸文庫 2003初 J)

[同日追記:
 『5 のりもの・ともしび』の『人車鉄道』からは、"松葉つなぎ"という
言い回しを知った。
<その車輛がとても狭くて、向いあって腰を下ろした乗客は膝を
 交互に、松葉つなぎに接触しなければならないほど窮屈だった。>
(p306~307)]


 「保育園落ちた 日本死ね」ブログに対して、「便所の落書き」呼ばわりした
のは、うちの近所の杉並区議会議員、田中裕太郎だった!
 2015年1月10日付けブログに書いた、石原伸晃の手下・男、である。
 前回の区議会議員選挙では、下のほうだけど当選しているので、杉並区民の
不見識さに怒りを覚えたが、さすがに今度は落とす、よね? その前に議員辞職
を求めるが。
 なにが、区議会での一人会派「美しい杉並」だ。去年のブログでは名前までは
出さずにおいてやったが、こういう男が区議会議員をしているのは杉並区民の恥
で、大迷惑である。





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by byogakudo | 2016-03-17 15:47 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2016-03-17 21:29
お坊ちゃまなんですね。
Commented by byogakudo at 2016-03-17 22:07
ばかぼん、なんですね。


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