2016年 03月 29日

ジェームス・ヤング/柳下毅一郎 訳『ニコ/ラスト・ボヘミアン』読了

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~3月28日より続く

 過去を振り返ろうとするとき、思い出す行為には感傷を伴いやすい。
それを避けたいと願ってであろうか、ジェームス・ヤングの筆致は、
自分にもバンド・メンバーにも、そしてニコに対しても辛辣であろうと
心がけているかのように感じさせる。その(自)意識と、レトリカルな
文体が、正直、ちょっとうるさくもあるけれど、たぶん、そういう防御壁
がないと、思い出すことには辛さがつきまとうからだろうか。

 クスリとクスリの合間、ツァーとツァーの合間、ざらついた日々のすき間に
小さなやさしい瞬間が描かれる。

< 「さびしくなることってない?」ふいに彼女に聞いた。困ったようには見え
 なかったが、答える前にしばらく考えた。
  「ときどき。例のなにが手に入んないときね」と笑う。「だけど、それより
 先に、いろんなことが帰ってくる」
  「たとえば?」
  「うん......これまでやった悪いことぜんぶ、これまで起きた悪いこと
 ぜんぶ。それが戻ってくる......いっぺんに......ヘロインが落ちつけて
 くれるのよ」
  「ひょっとして、誰か特別な、本当に特別な人がいたら? そしたら
 ひょっとしてそんなに要らないんじゃ?」
  「大丈夫よ」ふと口をつぐみ、そのことを考えた。「うーん、お金持ちの
 お医者さんで、百パーセント純粋なブツをくれる人なら、あるいはね」
 [略]
  「サアハアラでえ、映画撮ってた。自分でわかってるときは、ひとりも悪く
 ない......だけどいて欲しくもない人に取り囲まれてるとき、そういうのが
 孤独なの」>(p136~137 『火曜の夜は天国で▼84年5月』)

 ジェームス・ヤングはジャンキー気質の反対である。 

<ジャンキーは信用できない。彼らが悪いのではない。ただ、欲求の方が
 自分自身より大きいのだ。
  彼らの傷つきやすさを目の当たりにして、友達や同僚だから、助けて
 あげたいと思う。だけど、逆に失望させられるのもわかっている。エコー
 に、一緒についててやるから、ヤクを止めないかと誘ってみたこともある。
 賢明にも彼は断った。声はいつも以上にかぼそかった。
  「ありがとよ、ジム......だけど俺がホントに必要なのは......ヤクなんだ」
  彼は正直になろうとしていた。それ以上に、わたしの申し出を受けたら、
 不正直なおこないをする羽目になるとわかっていたのだ。そこが分かれ道
 になった。わたしには同じ苦難の道を歩く用意ができていなかったのだ。>
(p173 『中世研究家のほほえみ▼84年9月』)

 それでも、ひとつのバンドは、一個のバンドとして在ろうとする。

 ところで、原作の英国版タイトルは"The Songs They Never Play on
The Radio"で、米国版が"Nico The End"らしいが、日本語訳タイトル
『ニコ/ラスト・ボヘミアン』の、ジャケットや表紙、目次、奥付には、
原題みたいに"NICO the last bohemian"と、英語タイトルが付いている。
なぜだろう。装釘デザインの関係上、英語訳があったほうがいいからか?

     (ジェームス・ヤング/柳下毅一郎 訳『ニコ/ラスト・ボヘミアン』
     宝島社 1993初 帯 J)

さらに4月9日に続く~





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by byogakudo | 2016-03-29 21:12 | 読書ノート | Comments(4)
Commented by さんけ猫 at 2016-06-10 23:49 x
初めまして。さんけ猫と申します。
ニコに興味があり、こちらのブログにたどり着きました。

この本は私も何度も読み返してしまいます。
辛辣な事を書き連ねながらも、ニコに対する同情心も伝わってくるのが何とも言えません。

ただ、この本を読む限り、作者は薬物から距離を置き、冷静に周囲を観察できる人物のように思えますが、「NICO ICON」というニコのドキュメンタリーでは全く正反対でした…。
顔色は悪く舌ももつれていて、身振りも大げさで挙動不審でした。

本当はニコに精神的に深く依存していて、そこから抜け出したくて敢えて冷静に書くように努力したのでしょうかねえ。




Commented by byogakudo at 2016-06-11 21:46
はじめまして。

中毒者だらけのバンドで、ひとりだけ素面、というのは難しそうなので、彼もやっていただろうと思いますが、
記述するときは観察者のほうが書きやすいから、とも
考えられないでしょうか?

斜めに見る姿勢を崩さずに書こうとしていながら、
お葬式にニューヨークから誰も来なかったことに怒る
辺りは、素直に感情が出ていたと思います。
Commented by さんけ猫 at 2016-06-11 22:40 x
byogakudoさま

コメントありがとうございます。

>記述するときは観察者のほうが書きやすい
確かにそうですよね。
あと、自分の恥を晒すような事は書きたくないだろうなとも思いました。

ニコの息子も、母親との思い出を綴った本を書いています。日本では出版されていませんので未読ですが。
『NICO ICON』では、彼は母親に関して一切否定的な事を言わずひたすら庇っていました。
そして、『ラスト・ボヘミアン』の作者はニタニタと笑いながら罵るばかりでした。

ノンフィクションやドキュメンタリーって一体何だろう?とこの本を読むたびに思います。
Commented by byogakudo at 2016-06-12 00:04
言葉で書かれたものはすべてフィクションだと
思います。ドキュメンタリ映画というのも、どの
映像を選び、どんな順序でつなぐかを考えなければ
成立せず、フィクショナルなものだと思います。
ただ(大まかな言い方になりますが)作品を読んだり
見たりした人に、本や映画の扱う内容と直接、関係
しない思考が浮かんだりしたら、それは、いい作品
と言えるのではないでしょうか?


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