猫額洞の日々

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2016年 03月 31日

『鐘楼の蝙蝠』読了〜(1)瀧口範子『にほんの建築家 伊東豊雄・観察記』へ

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 E・C・R・ロラック/藤村裕美 訳『鐘楼の蝙蝠』(創元推理文庫 2014初 J)
は、久しぶりに読んだ感のある本格推理もの。原作は1937年刊行だから、
第二次大戦のちょっと前、まだきな臭さはない。

 2カ所しか付箋がはさんでない。珍しい。登場人物たちの住まいや室内、
アトリエ描写などが楽しかった。しかし、本格ものには殺人が必須(?)
とはいえ、やたらと人が殺される、ミステリらしいミステリ。

 昨夜から瀧口範子『にほんの建築家 伊東豊雄・観察記』。たしか、
開店間もない古本案内処で買ったままになっていたのかな?
 単行本は2006年刊。文庫版は2011年3月11日を受けて、加筆訂正
され、2012年に出版。あれ以来、少なくとも日本国在住者は根本的に
考え方を変えた、と思うけれど、5年後の今、"最後はカネメでしょ"の
世界に戻っているようで腹立たしい。"経済発展"の中身を考えない経済
発展・経済再建思想の貧しさに、怒らないのか。

 目次を見ると、『プロローグ』、『陸前高田1』、そして2004年7月の
『東京1/コンペを闘う』から、さまざまな伊東豊雄の仕事を振り返って
ゆき、最後に『大地震』、『陸前高田2』、『あとがき』、『文庫版
あとがき(エピローグに代えて)』と終結する構成だ。

 『東京5/議論』より__
<建築界では実際には存在しないにもかかわらず、歴史の中で重要な
 意味を持って語られ続ける作品というのがある。
 [略]
 建築とは建造物であるという以上に、思考の構築物であるということ
 なのであり、それこそが建築家が関わるべき対象なのである。>(P61)
__どんな表現形態であれ、アートは言葉から第一歩が始まる行為だろう。

< 「抽象性」というのは、伊東が以前からこだわり続けてきた概念だ。
 [略]
 建築というものを、重厚な門構えを持つ歴然としたモノとしてではなく、
 人がそこにいることによって何となく浮き上がってくる場、あるいは空気
 のようなものとしてとらえられないかと考えてきたのである。
 [略]
 空間を抽象的な直線だけで構成するモダニズム的な建築のさらに上をいく
 抽象性を求め、柱も壁も床もできるだけ細く薄く、物理性を削り落とした
 ものにならないか。
 [略]
 そうやって高めてきた抽象性が、[略]実は視覚的なものに過ぎなかった[略]
  「以前は、線には太さがなく、面には厚みがなく、サッシのラインも
 強さがない。そういう素材を消すような抽象性を求めていたわけですが、
 [注:建てられることがなかった]ブルージュのパビリオン以降、空間その
 もののつくられ方、空間を成立させる構成の論理が構造を巻き込みながら、
 できるだけ直接的に抽象性を表現できないかと考えるようになった」
 [略]
  構造エンジニアの新谷眞人によると、[略]2000年に竣工した桜上水K邸で
 伊東と初めて仕事をしたが、当初鉄筋コンクリートでやるはずだった構造を
 伊東が突然アルミ構造にしたいと言い出し、その時初めて見た目だけでは
 ない、「本当に軽い」建物ができることに伊東は気づいたはずだと言う。>
(p62~65)

 ブルージュのパビリオン、ゲントの文化フォーラム、トッズ・ビル等の
<プロジェクトでは構造と非構造とが一体化したために、柱、下地、
 仕上げ材といった表皮から内部へのヒエラルキーがなくなった。
 [略]
  「もう、近代主義とかポストモダン建築といったようなくくりではない
 ところにきている。軽い、重いも関係ない。形態の力学的特性を探って
 いくという、誰にとっても未知の挑戦を目の前にしている。バブル経済の
 時には日本のデザイン力は落ちたけれど、そのお金がなくなったところで、
 デザイン力とは何かが明らかになってきた」
  そう新谷は語る。しかも、そのデザイン力が駆使できるのは、設計、構造、 
 施行のシステムが完全に分離せず、互いに関わり合える日本の環境に負う
 ところが大きいと見る。>(p65)
 
     (瀧口範子『にほんの建築家 伊東豊雄・観察記』
     ちくま文庫 2012初 J)

4月1日に続く~
 





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by byogakudo | 2016-03-31 21:00 | 読書ノート | Comments(0)


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