2016年 04月 02日

まだ、瀧口範子『にほんの建築家 伊東豊雄・観察記』

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~4月1日より続く

 昨日、長々と引用した『1970年代/若い建築家の頃』を、わたしは
近代論として読んだので、ここをもっとたっぷり書いてもらいたいのだが、
そうするとひとりの建築家・伊東豊雄について、ではなくなってしまう。

 日本の近代は、あらゆる局面で、次々に発生する外国(欧米標準)の
新しい(とされる)事象を、いち早く摂取し消化したものが勝ちで、
上書きに上書きを重ね、いま現在ここにある"最新の近代"を追究し
続けてきた。

 上書きされ続ける"最新の近代"は、スター建築家の座の変遷、建築家
たちが記す理論の変遷にも現れる。ここらで議論された事柄は面白くって、
今日も再び引用。

<70年代には、社会が変化してしまってそれまで基準としていた近代主義が
 通用しなくなったように思われたが、
 [略]
  当時、モダニズム以前の過去の装飾を引用するポストモダンと同時に、
 人間の経験や深層心理を反映させるような建築へのアプローチも出てきた。
 76年に完成した「中野本町の家」は、心の深層や身体を浮かび上がらせた
 空間に見えた。あるいは、建築は「エフェメラル」なもので永続性など追究
 しなくてもいいのではないかという議論も出た。
 [略]
 そこから、建築の表層性、形式性といった話題にもなり、80年代のバブル
 経済の隆盛の中で次々と建築が建てては壊された時代に突入してからは、
 建築とファッションは何が異なるのかといった問題に議論は移っていった。
  [略]建築とファッションは近づいてもいいが、どこか一点で異なっている
 はずだ、ということ。ファッションは自己言及的で、そこに現れるひとつ
 ひとつの現象が、さらに上部の枠組みによってつくり出されているという
 「メタ性」がない。だが、建築にはビルディング(個々の建物)とは異なる
 固有のロジック、固有の存在形態があるはずだ。>
(p117 『1970年代/若い建築家の頃』)

 これだけでは、建築とファッションに違いを見つけるのは難しそうだが。

 ふっと、むかし、宇治晶氏が平面と立体の関係について、"三次元を
二次元に引きずり落とす"だったかしら、そんなことを言っていたのを
思い出した。
 あ、でもそうすると、絵画はそれでいいということにしても、彫刻は
どうする? (彫刻とは、空間内に置かれた異物であり、そこにそれが
配置されることで、周囲の空間の存在を気づかせるモノ、でいいかな?)
 絵画だって意思して見ないと、支持体の厚みやフレーム付きの立体と
して見てしまう。(だから3D映像は嫌いだ。)
 ひとが何かを見るとき、三次元と二次元の間で常に無意識裡の翻訳が
行われている、ということかしら?

 絵描きなら残された作品が死後に評価されることもあり得るけれど、無名の
建築家の建築物あるいはそのアイディアが死後に評価されるって、あるかしら?

 あちこち頭の中で寄り道しながら読んでいる。
   
     (瀧口範子『にほんの建築家 伊東豊雄・観察記』
     ちくま文庫 2012初 J)

4月7日に続く~

 さらに今夜は、グレアム・グリーンにも実際に寄り道しようと思ってる。
ただ、丸谷才一 訳のトーンに、日本の英文学者の吉田健一コンプレックス
を見出してしまって、そこらの処理をどうしてくれよう。





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by byogakudo | 2016-04-02 21:16 | 読書ノート | Comments(0)


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