猫額洞の日々

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2016年 05月 07日

広津桃子『父 広津和郎』半分強

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 質素で着実な文体が父・広津和郎に似ているなと、第一印象。けれんみの
ない文章で、こういう日本語はあまり書かれなくなったが__自意識過剰が
当節の基本なので、効果を意識しない(かに見える)太筆で、しかもすっと
した日本語は誰でも書けそうでありながら書けなくなった__、感じがいい。

 敗戦前後、熱海に住む父と、福井に疎開した娘の間に交わされた手紙が残って
いて引用されるが、その文章もいい。手紙に形式があった時代、文化ではあるが、
親子間での丁寧な書き言葉でのやり取りは読んでいて気持よい。きれいだ。

 手紙の用件はわりと実務的で、近況報告、仕事の話(父は静岡新聞に入社
しようかと考えている)や、夜具__この頃は蒲団綿を打ち直していた__の
手配、柿(娘から父へ)と蜜柑(父から娘へ)のやり取りと互いのお礼など。

< 先日の御手紙で私の健康についての御注意があつたが熱海の漢方薬屋は私も
 知つてゐるから相談に行つて見やうと思つてゐる いづれにしても今心配する
 やうな容態ではないからこれもそんな心配しないで下さい
  立派な柿沢山にありがたう 早速皮を剥いて干したが一昨日あたりから渋が
 抜けて食べられるやうになつた なかなかの甘味に舌鼓を打つてゐる 御約束の
 綿は昨日運送屋へ頼んだから近い中そちらに行くと思ふ
 [略]
 丸通の取扱ひで行く事になると思ふ 蜜柑は近い中買出しに行つて送る事にする
    十一月十九日                                                           和 郎
  桃子殿>(p54)

< 綿をありがたうございました。三日にとどきました。十九日にお出し下さつたのに
 しては、つき方が遅いと案じてゐたのですが、安心いたしました。掛蒲団と敷蒲団を
 作ります。ありがたうございました。
 [略]
  それから米の粉__純然たるものではなく、何か混つてゐるのですが__が、手に
 入るかも知れないのです。御希望なら、お父様の分も頼まうかと思つてゐるのです。
 如何でせうか。
 [略]
  それから何か読むもの、おついでの時にお送りいただきたいのですが、なんでも
 結構です。恐れ入りますけどお願ひいたします。同封の用紙は私の日記です。どう
 しやうかと迷つたのですが、書き抜いてみたものですから、思ひ切つて同封する
 ことにいたしました。蜜柑、とてもたのしみです。
  では又、くれぐれもお身御大切に。御健康を祈つてゐます。
    五 日                                                            桃 子
  お父様>(p55~56)

 敬語は、ひととひととの間に必要にして十分な距離を確保する、有力なツールだ。

     (広津桃子『父 広津和郎』 中公文庫 1979初 J)

5月8日に続く~
 





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by byogakudo | 2016-05-07 21:37 | 読書ノート | Comments(0)


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