2016年 05月 28日

久世光彦『むかし卓袱台(ちゃぶだい)があったころ』読了

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 これはわりと感じよく読めるかなと、読み出したけれど、
やっぱり久世光彦だった。という感想で終わるのもあんまり
なので。

< ふと思うと、日本の家屋や調度は低い視点からの<見た目>
 を考えて作られているような気がする。死者の視点とまでは
 言わないが、臥(ふ)せっている者の視点である。日本間の
 真ん中に立っていると、なんとも落ち着きが悪い覚えは誰に
 だってあるだろう。とにかく坐りたくなる。>
(第一部『願わくば畳の上で』p13)

 第一部に収録されたエッセイは、1994年から95年にかけて
雑誌『室内』に寄せられた。1935年生まれの久世光彦は59歳
から60歳。父の亡くなった年齢を越え、死と幼児期への懐古の
思いが(ますます)強い。

 本との関わり、本に対する思い入れを語る『本棚からつぶやき
が聞こえる』(第一部)や『ある秋の一日......』(第二部)などは、
本好きには思い当たるところが多く、読んでいて共感できるが、
うーん、"ナルシシズム芸"と呼ぼうか、これには相変わらず閉口
する。いや、"芸"の域に達してないからクサさを感じるのか。

 わたし自身の発しているナルシシズムはどうなのか? クサ味
たっぷりよ、と反省もしてみるが、久世光彦の十分に完遂され
なかったが故の、幼年期の王国への固着は、あまりに手放しで、
鼻白む思いを抱く。

 久世光彦は、いまの阿佐ヶ谷北二町目15番地の木造二階建て
借家で生まれた。向田邦子ドラマの家は、あの当時の借家の様式、
久世と向田、ふたりの記憶の家そのままだそうだ。職業軍人である
父親の転属や戦争による疎開がなければ、病弱で床に就くことが
多かったあの家で、ずっと幼年期の夢想を育んでいられたのに、
小学校2年生までしか過ごせなかった。
 甘く儚い夢の王国が中絶させられた。その恨みつらみ故に幼児期
の王国への思いが強まるのだろう。それは分かるが、しかし。

 "病弱"にしたって、末っ子である彼のすぐ上がふたり、立て続けに
亡くなっている(戦前や、戦後すぐは、幼児死亡率が高かった)ので
過保護に育てられ、実態以上に病弱になった面が強いけれど、彼の
自画像としては、やはり蒲柳の質でないと夢想の王国は完成しない
だろうし、諸々分かるけれど、ノレない。

 ナルシシズムなく生を生きるのは、まず無理な相談で、誰にしても
何らかのナルシシスティックな自画像を描きながら生きるのだけれど、
なんというか、近代の男の自分の抱きしめ方は往々にして見てられない
ものがある。(平出隆『猫の客』など、そのせいで読み終えることが
できなかった。)

 久世光彦は"ナルシシズム芸道"の道を極める以前に道に迷ったのか、
たんに、読者であるわたしが、この体臭は好きだが、あの臭いはだめ、
というだけの話か。

<私が生れたころ、高円寺から阿佐ヶ谷、荻窪界隈の新興住宅地を、
 古くからの土地の人たちは<胴村(どうむら)>と呼んでいたそうである。
 横溝正史を連想するような気味の悪い名前である。その由来が、退役の
 軍人や役人、定年になった大学教授、そういった人たちの家が多かった
 からだと言われても、私にはよくわからなかった。
 [略]
 答えを聞いて、私は笑ってしまった。首になって胴体だけになった人たち
 だというのである。退職金で手に入れ、年金で暮らすのに手ごろな住宅地
 だったのだろう。>(『第二部』『私の生れた家__花のある家』p158)

__このエピソードや、『第三部』『地図の話』などは好きだ。

 少年小説には精緻なペン画の挿絵がついているが、
<気に入った絵のあるページを開き本を壁に立てかける。隣にもう一冊
 立てかける。どんどん並べて行く。[略]
 まるでひとつの絵物語のように思えて来る。[略]
 挿し絵を別のページのものと入れ替えたり、順序を並べ変えたりすれば
 私の冒険潭はますます波瀾万丈になって行く。>(p187)

 5、6歳時の雨の日はそうやって、ひとりで遊び、晴れると少年探検家の
気持と服装で外に出る。自作の"秘密の地図"制作の詳細さもいい。

 甘美な幼児期を繭に包まれて室内で過ごす。部屋の外は戦事下、
軍国主義の時代である。幼年期の王国と軍国主義の時代とが絡み
合っていて、二つを分離して思い出す、あるいは考えるのは至難の業
なのだろう、と想像する。

     (久世光彦『むかし卓袱台(ちゃぶだい)があったころ』     
     ちくま文庫 2006初 J)

[5月29日追記: 
 最後の文章を訂正。]
 
5月29日に多少続く~





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by byogakudo | 2016-05-28 21:53 | 読書ノート | Comments(0)


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